逢魔時堂

逢魔時(おうまがとき)は昼と夜が移り変わる時刻。人の目が宵闇の暗さに順応する前の状態にある時間帯のことを言うのだそうだ。闇に慣れると人の目は宵闇の暗さに慣れ、暗闇の中でも物の形が区別できるようになる。それは、人の心の闇もまた。

四月馬鹿.11

「やだぁ、会長ったらかっこいい!」 「すてき! 惚れ惚れしちゃう!」 その場の空気にはいささか場違いな嬌声が上がった。 「さあさあ、こんな場所で野暮は禁物。お入りになって。もっとずずいと」 「こちら、どこの国のお方?」 「はじめましてぇ、渋くて…

四月馬鹿.10

「うーん、この屁理屈は理解不能だ」 飛び上がった猫と茶碗がそれぞれ大人しくなったころ、私とひなこは溜息をついた。気になるのは「経緯はどうでもいい。我が国で作ったものは我が国のものだ」というその不可思議な価値観だ。 それが正しいのであれば件の…

四月馬鹿.9

その空気に水を差すかのように御大尽が一言、 「この茶碗は本来私たちの祖国のもの。返していただきたい」 と言い放ったそうだ。はじめこそ冗談だと皆笑っていたらしい。しかし目が真剣である。 「どういうことですかな? 私はその持ち主から買い取ったので…

四月馬鹿.8

十分後にはすっかり元気になったのだが、それでも足音を忍ばせて恐る恐る事務所の戸口に戻った。三人でそっと耳を澄ますとカタカタの音は止んでいるようだ。 しかしその代わりにカリカリ、ポリポリという聞き慣れた音が聴こえてきた。そっと覗き込んだ私たち…

四月馬鹿.7

夕方、ささやかなリフレッシュタイムだったがすっかり元気になった私たちは逢摩堂へ戻り、しばらくすると上京組から第一報が入った。 「首尾は上々。追って詳細」 とある。まるで電報のようなメールである。 こう、なんていうか――もうちょっと具体的に書けな…

四月馬鹿.6

さて、いよいよの四月一日。 ここまで来たらあとは氏にお任せするしかないのは重々承知しているが、留守を守っている私たちは早朝から落ち着かないことおびただしい。 慎重なひなこがガラスの置物に躓いて割ったり、いつもにも増して丁寧に煮物の下準備をし…

四月馬鹿.5

明くる日、再訪した柊氏に私たちはすべてを白状した。 しばらく呆然と偽茶碗を見つめていた柊氏だったが、本物の在り処を尚も打ち明けられたあと爆笑していた。 「ああ、こんなに笑ったのは生まれて初めてです」 氏は眼鏡を外し、目尻を拭いながらまだ笑いが…

四月馬鹿.4

ボスがその箱を受け取り、開いて「これですじゃ」とごく自然に手渡そうとしてその手が止まった。 「ん?」 急いで残りの二つの箱も開く。 「ん?」「んん?」 ボスのその一連の動きの間に柊氏は最所に開かれたそれを見て 「すばらしい……」 と息を呑んでいた…

四月馬鹿.3

// とにかく、その会が開催されるまであと一月あまりしかない。自然な形でその場に加わる方法はないものか。 その御大尽が何者なのか、事件との関連性があるのかどうかは別問題としても、私たち全員の動物的な勘が動いたからには探りを入れたい。 ひとつには…

四月馬鹿.2

// 「それは……しかし、その方の身になれば大変なことですねえ」 京念も話を合わせた。 「やはり、それだけ奥深い世界ということなのでしょうねえ」 会長は茶碗を桐箱に戻しながら低い声音で吐き出すように言った。 「いや、あいつはどう見ても世間に憚る稼業…

四月馬鹿

さて、意外なことに新しい情報は京念からもたらされた。 それはここのところずっと「振り回されている」感が強い彼のクライアントの話題からだった。 古い馴染みの同業種からぜひとも、と紹介されたそのクライアントは、不動産業を幅広く手掛けている人物で…

語り継ぐもの6

// 折しも咲良さんの部屋も夕焼けに染まり、それが段々と群青に変化しだしたころ、庭の木戸口を開けて誰かが厨房の方へ小走りに急いでくるのが見えた。 「あ、麦ちゃんだ!」 それは忙しくなった「塀のむこう」が新しく雇い入れた娘さんで、コロコロとよく太…

語り継ぐもの5

つまり私の考えは、咲良さんの茶碗を追う一味と、駒鳥を忘れるなとメッセージを送ってきた人物は同一ではない。全く別の人物ではないだろうか、ということである。たまたま時期が重なったのではないだろうか。 しかしそうであれば誰が一体、なんのためなのか…

語り継ぐもの4

// そして私はもう一つの、これもずっと引っ掛かっていたことを話しだした。実はずっと感じていたモヤモヤをひなことふたば、咲良さんに聞いてほしかったのだ。 通りの衆も、件の茶碗についての知識はほとんど無いと言ってもよい。 それは夜咄の夜の驚きぶり…

語り継ぐもの3

// そうこうしている内にテーブルにひょいと飛び乗った小雪が茶碗の中の水をちょろちょろと舐め始めた。 「こら小雪。ちゃんとお水茶碗持ってるでしょ。そっちのお水を飲みなさい」 そう言いながら慌てて小雪を抱き上げた私はふと何かが心に引っかかったよう…

語り継ぐもの2

// 「いいのぉ」 しげしげと作品を見るボスにひなこは「単なる道具ですよ」と恥ずかしがったが、 「ひなちゃん、みんな道具として作られるんじゃよ。初めっから名品と呼ばれるものは無いんじゃないかの。作り手の目的は元々はそういうもんじゃないかの」 と…

語り継ぐもの

その後も話し合いは何度も開かれた。というよりかは、今やほとんど夕食を共にしている我々だったので食後のコーヒータイム、デザートタイムは咲良さんの部屋で、というスタイルが定着したに過ぎないのだが、みんなで車座になってはああだこうだ、と話し合う…

玉響6

「そんなことはない!」 私たちが叫ぼうとしたとき、会長がふと顔を上げた。 「ん?」 怪訝な顔で私たちを見る。 「え?」 「今誰かわしの背中を撫でたかの?」 「いえ……」 会長の椅子は私たちと少し離れた場所にあり、もちろん後ろには誰もいない。虚ろな表…

玉響5

そのようなことを話していると、店のドアが開く音が聞こえ、店番の猫たちの甘えるような声も聞こえた。 「ごめんなさいよー!」 どうやら来客者は鬼太郎会長のようで、私がはーい、と飛び出す前に会長はすでに部屋まで来ていた。 「おおう、まあ揃いも揃って…

玉響4

「やっぱり、それほどの価値があるんだ……」 私たちは件の茶碗が納められた古ぼけた箱を見つめた。 価値があるとは聞かされていたものの、それがどれほどのものなのかを実感する機会があまりなかった。 しかし国際的に狙われているということを聞かされた以上…

玉響3

「こんなところでしょうか。他にある?」 私はそう言って両隣を見る。それを聞いたひなことふたばは口々に、私もそう思ってました、と応じた。 その様子を見ていた男たちは目で相談し合ったようだった。ボスが頷き、るり子姉さんが口を開いた。 「その内のい…

玉響2

// ではみいこさんから――と話を振られ、私は話を始めた。 「いくつかわからないことがあります。それはるり子姉さんが以前この店が――たしか色んな筋から狙われている、と言ったこと。あの後の露敏君の指輪事件やら逢魔時堂の都市伝説やらで、このことなのか…

玉響

最所とふたばが新婚旅行へ飛び立ってから一週間後、帰国した二人はかのハリー・ポッターグッズを山のように買い込んできたのでしばし私たちはもちろんのこと、通りの皆もそのコスプレを充分に楽しんだ。 猫たちも各々、作中に登場する四つある寮のシンボルカ…

Who Killed Cock Robin? 6

「それ以来咲良も、五人の娘たちもおらん」 「たくさんの犠牲者が出て変わり果てた姿で見つかった。しかし見つからんかった。五人の娘たちがいた置屋は、他の者は皆逃げたそうじゃ。五人の娘らは誰も見かけんかったと言うておった。――いや、自分の身と自分の…

Who Killed Cock Robin? 5

「あの夜――」 少しの沈黙が訪れたあとにボスはまた口を開いた。 「山が崩れた」 「そうじゃ。予兆はあった。昼間から山鳴りがしとった。長老たちはこんな音は聞いたこともない、逃げろと言うた。若いもんは――わしらは、大丈夫じゃ、ちゃんと土留めもしてある…

Who Killed Cock Robin? 4

あれらがどんな経緯で売られてきたのか知っとるもんはおらんかった。 この地には流れに流れてきたのじゃろう。その世界ではよくあることじゃった。 しかし、咲良にはもちろんのこと、あの娘たちもそんな世界にいたにも関わらずなんとも言えぬ品格があった。 …

Who Killed Cock Robin? 3

「駒鳥? 駒鳥じゃと?」 ボスが呻くように呟いた。 「ひなちゃん、すまんがそれ全部読んでおくれ」 はい、とひなこがその歌詞を読み始めた。マザー・グースの中では異例なほど長いのだ。 朗読を続ける途中でボスの顔色が悪いのに気付いた。 「父さん、顔色…

Who Killed Cock Robin? 2

「うーん、なんともはや」 ボスがうめいた。 「こりゃまた疲れるもんじゃのう。まだこの後二回もあるのか。いやいや、楽しみなことじゃな」 それを聞いたひなこと私は噴き出した。 「父さん、私たちは――いえ、少なくとも私は当分行きませんから」 「私も――ご…

Who Killed Cock Robin?

こうしてすったもんだの末、ふたばと最所は結婚式を挙げた。 家族のみ立ち会った厳粛な挙式の後は、咲良さんの庭で流行りのガーデンウェデイングパーティーが行われた。 「誰でもウェルカム!」 という二人の希望のまま、それはそれは賑やかな祝宴となった。…

ひいふうみい11

「ふーたちゃん! ひーなちゃん!」 やはりふたばはそこにいて、その側にひなこがいた。二人は子どものように足を投げ出し座っている。夜空を見上げながら座っている。 「いーれて!」 そう言って私もふたばの隣に座る。 「風邪ひくぞ、ふたりとも」 三人で…