逢魔時堂

逢魔時(おうまがとき)は昼と夜が移り変わる時刻。人の目が宵闇の暗さに順応する前の状態にある時間帯のことを言うのだそうだ。闇に慣れると人の目は宵闇の暗さに慣れ、暗闇の中でも物の形が区別できるようになる。それは、人の心の闇もまた。

11.鬼も内.13

「ちょっとやりすぎたかな」と首をすくめながら店内に戻り、 私たちは皆の年の数の豆を分配した。 もちろん猫たちにもきな粉にしてキャットフードに振りかけたし、 差し出された豆の多さにうんざり顔のボスには砂糖を絡めたお菓子にした。 薄い桜色に染まっ…

11.鬼も内.12

さて節分の夜。 習わし通り柊の枝に鰯の頭を刺し、炒り豆を用意した私たちだったが、 いよいよ豆まきを始めようとしたときにひなこがぽつりと呟いた。 「追われた鬼さん、どうなるんでしょうか? 外は雪が残ってるし……寒くないでしょうかね……」 「鬼パンツし…

11.鬼も内.11

「この作品の銘はご存知ですか?」 私のその言葉に彼女は意外そうな顔をした。 「銘……?」 「銘なんてあったの? こんな名もない人のものに?」 「奥様のお父上はきっとたくさんの……色々な想い。 それは焦りだったり口惜しさだったり妬みだったり――そんな人…

11.鬼も内.10

「だから私は厄介者。きっと実家でも厄介者だったのね、私。 だから私だったのね。妹もいたのに……」 「私の一日はもっと忙しくなった。子守も増えたから。毎日毎日馬車馬みたいに働いて。 でも私も年頃になって内藤へ嫁に行った――いえ、行かされた。 伯父は…

11.鬼も内.9

「父は窯元の次男坊でした。あなた、ご存知でしょう? ああいう世界では一子相伝――長男が名跡を継ぎます。 たとえ長男より才能があっても次男や三男がその名を継承することはありません。 父はずっと冷や飯食いだった。 でも私は父の作るものが好きだった。 …

11.鬼も内.8

「いいお茶碗でしょう?」 私はそう言って微笑んだ。 「私、大好きなんですよ。 大らかで優しくて……大地のようにゆったりしていて」 夫人の目からまた新たな涙がこぼれ始め、戸惑った。 しかも今度の涙は前とは違う。 大きく目を見開いたまま大粒の涙がほろ…

11.鬼も内.7

私は一瞬目を閉じた。私をかばってのボスの作り話は母を幼いころに亡くし、父とも小学生の時に死に別れている私にとってこみ上げるものがあったのだ。 危うく涙が出そうになったのだが、それより前に号泣したのは前に座っていた五分刈婦人だった。 唖然とし…

11.鬼も内.6

ふんぞり返っていた内藤夫人が座り直した。 「昨日は留守にしとりまして申し訳ないことでした。 私が逢摩堂の主――今は楽隠居のじじいですわい」 「あら……」 夫人は曖昧に答え、ボスをジロジロ見た。 そしてその後もう一度私をジロジロ見た。 その目には下品…

11.鬼も内.5

「思い出の仕入れになるかどうかわかりません。 ただ……なにか事情があってなにか言葉にできない想いがあってここにいらしたような気がします」 「そうか――じゃあみいこさんの思い通りにやってみたらいいんじゃないかの」 そしてボスは深く頷き、 「五分刈り…

11.鬼も内.4

たしかその娘がアンティーク好きで、店のシンボルにもなっている螺鈿細工が施してあるグランドピアノにいたく執着し、 金はいくらでも出すから譲って欲しいと言ったはずで、非売品なので――と断ったことがあった。 娘の方はぷりぷり怒り、また「ぱぱぁ~」と…

11.鬼も内.3

「まあ、そうでございましたか。ようこそお越しくださいました」 とりあえずへりくだってみる。するとその客はほんの少し態度が和らいだようだ。 「覚えておきなさい。それで奥さんは? 内藤の家内が来たと言いなさい。 まったく、気が利かないわね。あなた…

11.鬼も内.2

私が「あの……」と声を掛けたのと客が振り向いたのはほとんど同時だった。 咄嗟に私は笑顔を作り、 「お気に召していただけましたか?」 と続けた。ほっとしたことに客は茶碗を一旦棚に戻し、私を上から下へ、下から上へとじろじろと見た。 どうも今度は私の…

11.鬼も内.1

ドアベルがカランと鳴った。ちょうど事務所で書き物をしていた私は顔を上げ、ふたばに目配せする。 身軽に立ち上がり店に向かったふたばに続いてひなこもお茶の支度を始めた。 間もなくふたばが事務所へ戻ってきた。珍しく困惑の表情を浮かべている。 「みい…

10.神かくし.8

三つの茶碗を咲良さんが見守れるように配置していると、 ひなことふたば、それに最所と京念がよいしょよいしょ、と掛け声も賑やかにボスの机と椅子を咲良さんの部屋に運び入れてきた。 「さあ、配置換えですよぉ! 一番怪しい人は部署替えです!」 「まあ仕…

10.神かくし.7

みんなを送り出す頃はすっかり夜になっており、塀のむこうでは二次会が開催されることになったらしく、賑やかに声を掛け合っている。 マスターが去り際にウインクしながら 「表通りの面々が来るのは店始まって以来だよ」 と笑った。 佐月さんは私の手を握り…

10.神かくし.6

その様子を見つめていた私は思いきって咲良さんの部屋に行った。 ドアの前で小さく声をかける。 「失礼します。見てほしいものがあるの。あなたは見るべきだと思うの。 私は何も事情は知らない。 でも、何かがあってみんな傷付いて、打ちのめされて――。 でも…

10.神かくし.5

驚いたのは私たちだった。今まで何があっても裏へは行かないボスだったのだ。 それは多分咲良さんとの思い出がありすぎて辛すぎるのだろうと諒解していたからで、戸惑う私たちに「前の通りは頼むよ」と声を掛け、 棚の扉をするりと開けて出ていった姿を見送…

10.神かくし.4

とりあえず、心配のあまり身も細る思いをしている黒猫家には知らせなくてはならない。 これだけではハセガワの安否は定かではないが行方がわからなくなってから初めての情報であるし、また文面からはなんとなく凶悪さは感じられない。 首輪も綺麗なままだ。 …

10.神かくし.3

さて、ハセガワがいなくなって三日目の朝。私は咲良さんの部屋のバルコニーへの戸を大きく開けてぼんやりと外を見ていた。 以前だとそこかしこに猫たちが遊んでいた庭も、夜半から降った雪にすっぽり覆われ、一層寂しさを増すようだった。 「え?」 思わず目…

10.神かくし.2

目撃情報はいくつかあった。 表通りの干物屋の前で香箱を組んでいたとか、稲荷神社の境内で思案にふけっていたとか。 しかしその辺りで情報は途絶えているのである。 ハセガワを見知っている目撃者たちはその後逢摩堂へ行くものだと思っていたらしい。 私た…

10.神かくし.1

「今日の昼食は……うーんと、七人分ですね?」 ひなこが事務所の頭数を確認している。 「えーっと、猫さんたちは――五人分かな? あれ? 今日はハセガワさんご欠席ですか?」 「あら、本当だ。今日は実家業務が忙しいのかな?」 毎度のことではあるが事務所は…

9.唐土の鳥.9

こうして見ると、本来閑古鳥が鳴く店へ品物を売りに行く。 あくまで保管が目的で。 後日必要なときに買い戻しに来る。 そのような貸倉庫のような役目を果たすはずだった逢摩堂は正月三が日はとてもではないがその状態ではなく、 仕方なし適当に置いてきた………

9.唐土の鳥.8

じっとその中身を見つめていたボスが目顔で最所と京念に頷く。最所はすぐ携帯を握りしめて店の方へ行き、京念は更科を椅子に座らせた。 そして私たちにいとも陽気に笑いかけた。 「お腹すきませんか? 何か食べるものってありませんか?」 私たちはすぐ厨房…

9.唐土の鳥.7

すなわちこの男の仲間の一人が、ヤバい何かが示されたメモが入っているという古ぼけた指輪を街外れの変な名前の骨董品屋に隠し、 その目印シールも貼り付けたのが「ココ」というわけである。 しかしそれらしい物は「ココ」の人々は誰も目にしてはいない。 「…

9.唐土の鳥.6

古ぼけた指輪をこの店のどこかに隠したというのは本当のことなのだと男は語りだした。 その指輪は宝石の部分がロケットのようになっていて、蓋を開けると小さな写真が収まるようになっているという。 しかしそこに収まっているのは写真ではなく、何かを記し…

9.唐土の鳥.5

五分後、男は事務所の床に座らされていた。 背後の大きな椅子にふんぞり返っているのはボスで、 そのまた背後には最所と京念が冷たい表情を浮かべて立っている。 ひなことふたばは男の真正面の長椅子に足を組んで座っているし、 私はデスクチェアにこれまた…

9.唐土の鳥.4

「エット……ワタシ、サガシテマス」 「エット…オバアサンノカタミ……」 うん、良かった。片言でも日本語はなんとか話せるようだ。 しかしこの話し方、変なリズムがあり、聞き取りにくいことおびただしい。 「オバアサン、ニホンノヒト。 ムカシ、コノミセニユ…

9.唐土の鳥.3

また逢摩堂の主人は自分はコスプレには参加しない、と意地を張っていたがひなことふたばがマフィアの親分風の古着を用意したところ、 すっかり気に入ったようで近頃は葉巻なんぞも咥えて私たちから「ボス!」と呼ばれて楽しんでいたし、 京念と最所も「でき…

9.唐土の鳥.2

鬼太郎会長が説明によると町内には通り猫が十三匹いて、各々がその実家の看板猫になっている。 その店をめぐって買い物をすると、各々その店の猫の「肉球スタンプ」を押してもらえる。 もちろん猫たちの肉球はあらかじめ機嫌のいい時に原型を押してもらって…

9.唐土の鳥.1

表初恋さくら通りコスプレ祭「百喜夜幸」は大当たりだった。 今後は市や県のバックアップもとり、年々その規模を大きくすると会長、副会長の鼻息も荒い。 このネーミングはひなこが甘酒に酔いながらこの字はどうだ?――と提案したその五分後には鬼太郎と目玉…