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逢魔時堂

逢魔時(おうまがとき)は昼と夜が移り変わる時刻。人の目が宵闇の暗さに順応する前の状態にある時間帯のことを言うのだそうだ。闇に慣れると人の目は宵闇の暗さに慣れ、暗闇の中でも物の形が区別できるようになる。それは、人の心の闇もまた。

1.逢摩堂.4

 かつては屋根もあったかに見えるその通りは今は青天井となっていて、
ただアーケードの残骸らしきものに通りの名前が所々に、
電球の切れたイルミネーションで記されていた。
 
 冬至にはまだ間があるとはいえ急に日が暮れるのも早くなる季節で、
その侘びし気な通りの名前はペカペカした安っぽい灯で彩られていたのだが、
いかんせん所々電球が切れていたせいもあって近くに来てようやく全体を読むことができる。
 
「え? なんですと?」
 
 私は思わず吹き出した。通りの名前は「初恋さくら通り」とある。
どう考えてもこれは悪い冗談としか思えない。
 
 元来一旦笑い出すとなかなか収まらないのは若い頃からの私の悪い癖で、以前いた会社の入社当時、
商談相手の「やや、おぐしの薄い方」がようやく全体に行き渡るように撫で付けたであろう頭髪に
風のいたずらで一枚の枯れ葉がへばりついてしまったのを目撃してしまったとき、失礼なことに笑いが止まらなくなり、
我慢に我慢を重ねてずっと下を向いていたのだが「ひぃひぃ」と息が漏れてしまい、
同行した上司に強か叱責されたことがある。
 
 しかし今回の場合は気楽なもので、私は「くっくっ」と笑いながらその通りを歩き、目指す逢摩堂にたどり着いたときも笑顔は充分残っていた。
 
「ごめんください」
 
 と、自動ドアが開いたと同時に私はなるべく明るい声を張り上げた。
よし、時間は五時ちょうどである。
 
「ほーい」
 
 の声から、やや間があって暖簾をかき分けて現れたのは年の頃七十代後半といったところだろうか。かなり大柄の男であった。
よく日に焼けており、胡麻塩頭とややでっぷりとした腹回り。
古物商の店主というよりはどちらかというとどこかの現場監督の親父さんという雰囲気である。
 
 しかし特徴のあるガラガラ声はまさしく先日の電話の主であることはすぐ分かった。
 
「私……」
 
「ほい、時間ぴったりやの。あんたがみいこさん」
 
「え? あの、私……」
 
「はい、奥へ奥へ。 立ち話も何だから」
 
 暖簾の奥へ入りかけたところで、そうそう――、とまた顔を出し、
今日はこれで閉店……と呟いてゴソゴソと棚を引っ掻き回したかと思うと、
沢山の鍵がついている荒縄のようなもので括られた束を私に見せた。
 
「あんた、一回しか言わんよ」
 
「はい」
 
「これが自動ドアの鍵。ほれ、ここに書いてある。これでカチリと」
 
 店主はドアの下の鍵穴に差し込んだ。
 
「ほれ、カチリ」
 
「あ、はい」
 
「で、この紙を」
 
 そう言いながら次に手渡してきたのは変哲もないコピー用紙に
「今日はこれでおわります」と、マジックで金釘流に書かれたもので、
しかも何度も使い回ししたらしく所々汚らしいセロハンテープの跡が残っているものであった。
 
「これ、あんた貼ってちょうだい」
 
 と突き出した紙を受け取り、セロハンテープは――ときょろきょろ見渡すと、
ほい、そこ――と店主はそばの棚を指差した。
 
 なんだか訳がわからぬままとりあえず貼り終えると、ふむ、と店主は満足気に眺め
 
「さ、みいこさん奥、奥」
 
 と再び促した。
今しかない、この人は私を誰かと勘違いしているのだ。
多分みいこさんとかいう人と。
この暖簾をくぐる前にきちんと説明しなければ。
 
 私は焦りながら
 
「すみません、あの、ちょっとすみません! 
私、面接に伺った者で、昨日電話したもので……
私、みいこさんではありません!」
 
 と必死に叫んだ。この暖簾をくぐる前に言わなければ。誤解を解かなければ。
 
 そもそも閉店の手伝いをしたこと自体が間違いなのだ。
その時に言えばよかったのだ。みいこさんとかいう人だって困るだろう、
お店が閉まっていたら。
 
 暖簾の奥へ一旦消えた店主は顔だけこちらに突き出した。
 
「ほい、面談の人やろ? だから、あんたがみいこさん。
早う入りなさい。閉店した店に人がおると、客が入ってきて面倒なんじゃ」
 
 どうも「みいこさん」の問題は後にするにしても、
私を待っていたのは確かのようだった。
 
 
 

 

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