逢魔時堂

逢魔時(おうまがとき)は昼と夜が移り変わる時刻。人の目が宵闇の暗さに順応する前の状態にある時間帯のことを言うのだそうだ。闇に慣れると人の目は宵闇の暗さに慣れ、暗闇の中でも物の形が区別できるようになる。それは、人の心の闇もまた。

2.お好きなように.8

「やります!」
 
 真っ先に声をあげたのは意外にもひなこだった。
 
「やってみます! なんか面白そう!」
 
 と、続いてふたば。
 
「あ、私も及ばずながら……お世話になります」
 
 私もつい口走った。
この空気で「ノー」と言えなければ、言う根拠も今のところ見つからない。
 
 ただ、なんとなく引っかかることがあるような、ないような。
そんなもやもやとした気持ちが胸に残る。
 
 ではあらためて……と最所がほっとしたように言った。
 
「皆さん、袋の中身をご確認ください。
その上でこちらの契約書にサインと押印をお願いします。
ああ、そして契約書にも書いてありますが残業をなさった場合は次の契約時にお申し出ください。
その分はその時に精算させていただきます。
あともう一点ですが……この鍵はどうしましょう。
みいこさん、預かっていただけますか?」
 
 そう言いながら荒縄で括られた鍵束を最所がすっと差し出したが、思わずたじろいだ。
あの大金が入った金庫の鍵もあるわけで、これを全部、というのはさすがに気が重い。
 
 その表情を読んだらしく、京念が助け舟を出した。
 
「どうでしょうか。
シャッターと店のドアの鍵、金庫の鍵、これはみいこさん。
この事務所の鍵をひなこさん。
あと三つある倉庫の鍵はふたばさんに担当していただく。
その他の鍵はとりあえず金庫に入れておく、というのは」
 
「あ、それだと共同責任ですよね」
 
 ひなこがそう言って微笑んだ。
 
「賛成です」
 
 ふたばも同意したので仕方なく私も
 
「それで結構です」
 
 と答えたのだった。
 
 三人の契約書を確認し、
最所と京念はよかったよかった、とがっしり握手をして晴ればれした顔で
 
「ではみいこさん、ひなこさん、ふたばさん、よろしくお願いします
――あ、そうそう、忘れるところだった。これを――」
 
 二人は古ぼけた桐で拵えてあると思われる小箱を各々の前に置いた。
 
 贈ひなこさま、贈ふたばさま、贈みいこさま――と
小箱の蓋には見事な墨跡の上書きがある。
 
「逢摩さんからの入店祝いのようです。お納めください。
明日から使ってください。とりあえず――」
 
 最所は周りをきょろきょろ見渡し、
あの棚に置いておきますね――と言って埃がうっすら積もる棚へと
小箱を三つ並べて置いた。
 
 なんだろう、と好奇心が働いたがあの汚らしい箱から見て、
どうせその辺のガラクタの一つに違いない。
趣味の悪いものでなければいいのだが……。
 
 さ、それでは私どもはこれで……と立ち上がった二人に私は慌てて
 
「あの、もう一つだけ、もう一つだけ教えてください。
私たち、なぜみいこ、ひなこ、ふたばなのでしょう?」
 
 二人の男たちは振り返り、京念がにっこり笑った。
 
「ああ、この逢摩堂では歴代そうなのだそうです。
ひいふうみい……で覚えやすいということじゃないでしょうか? 
まあ源氏名みたいなものとしてお考えください。
逢摩さんの趣味として大目に見てあげてくださいな。
それでは皆さんまた来月お会いしましょう」
 
 そう言って二人が部屋から出ようとしたので立ち上がったのだが、
 
「ああ、いえいえ、お見送りは本当によろしいですよ。
後はお好きなように」
 
 と制された。しかしまただ。
この「お好きなように」もどうにも気になって仕方がない。
 
「わ、もうこんな時間!」
 
 ひなこが叫んだ。
 
「え? あ、もう八時過ぎてるよ~!」
 
 と、ふたば。本当だ、もうかれこれ八時二〇分になろうとしている。
 
 私たちは顔を見合わせ、とにかく帰ろうということになった。
今日からさっそく戸締まりをしろ、とあの二人は帰り際に言っていたが後でもう一度逢摩さんか奥さんが現れて確認していくであろう。
 
 これが私たちの一番目の仕事、いわゆる見習い期間のスタートになるのだろうな、
と思いつつ、とりあえずは各々が担当する鍵かけをし、
指差し確認を終えて「また明日」と店の前で別れたのであった。
 
 
つづく
 
 
 

 

 

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