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逢魔時堂

逢魔時(おうまがとき)は昼と夜が移り変わる時刻。人の目が宵闇の暗さに順応する前の状態にある時間帯のことを言うのだそうだ。闇に慣れると人の目は宵闇の暗さに慣れ、暗闇の中でも物の形が区別できるようになる。それは、人の心の闇もまた。

6.昔、昔……3

 奇妙な沈黙があった。
 
 奥方は口に手を当て、マスターはクロスと磨いていたグラスを持ったまま私たちを凝視している。
二人はなぜか固まっていた。
 
「え? 私、何か……?」
 
 ひなこは自分の一言が与えた衝撃に付いていけないようだった。
 
 それは私も同様だったし、
また戸口へ出ていこうとした平蔵を抱いてカウンターに戻ってきたふたばは
この空気にもっと驚いたようで、猫を腕から放していた。
 
 もっとも床へと器用に降り立った黒猫はさらに弾みをつけてカウンターに飛び乗り、マスターの腕を尻尾で軽く叩いたので危うく滑り落ちそうになっていたグラスは難を逃れた。
 
「――あの絵って、何かあるんですか?」
 
 私の問いかけに夫妻は顔を見合わせ、目で相談し合ったようだ。
奥方は小さく頷き、猫を膝に乗せて少し離れた席に腰掛けた。
 
 口火を切ったのはひょろりと背が高く、口ひげをたくわえたマスターの方で、
 
「昔々。この辺りは一面の笹薮だったのって知ってるかな?」
 
 知っている。この街をまるで両手で守るかのようにも見える低い丘のような山は大昔の断層によるものであり、
山の反対側はなだらかな斜面でそこは地形を活かした果樹園や茶畑になっているのだが街に面した方は急な崖のような地形になっているのだ。
 
 随分の時を経て雑木林と笹や竹で覆われている。
私は小学校のころに受けた「私たちの町」の授業を薄っすら思い出していた。
 
「街が大きくなるにつれ、笹薮を少しづつ切り開き、
これ以上は無理っていうどん詰まりがここの商店街ってこと」
 
 その話をしながら――あ、焼けたよ――とマスターは小ぶりなピザを三枚、
私たちの前に出してくれ、それからも話を続けた。
 
「実はね、このどん詰まりの地区は昔、ちょっとした色街だったんだよ」
 
 そうだったのか。その歴史はさすがに小学校では教えてくれなかった。
 
「赤い灯に青い灯――随分賑やかだったらしくてね」
 
 だからこの商店街はその時代の名残みたいなもんさ――と語りながら私たちの空のグラスに気付き、
飲み物は? と聞かれ、ジンジャーエールのおかわりをオーダーしたふたば以外、
私とひなこはアルコールをオーダーした。
 
「ここの色街の名が知れた理由の一つが……なんていうのかなぁ……ちょっと毛色の変わった――
いわゆるこの地方の娘じゃない、南の島からの娘が多かったせいもある」
 
 私たちはなんとなく顔をしかめた。
 
 この時代では当然のような、あるいは文化であったのかもしれないが、女性としては同じ女性を軽んじられているようであまり愉快な話ではない。
しかも遠いところからそんな娘たちを連れて来て、
しかもそれを売り物にしていたなんて。
 
「それって許される話なんですか?」
 
 私やひなこよりももっともっとこの時代が遠い世代のふたばには理解できない話だろう。
 
 まあまあ、とマスターは苦笑いし、
 
「昔々、の話だよ。そんな時代もあったってこと。江戸時代の吉原とか学校で習ったでしょう?」
 
 私たちはなんとなく黙った。吉原の話はもちろん知ってはいる。
でもそれは遠い昔の、なんというか歴史の教科書の中での出来事であり、
時代劇の世界の――いわゆる絵空事のように捉えていたような感覚があった。
 
 そんな時代がこの街にもあって、ましてこの商店街がその名残だったとは。
この通りが寂れている理由がよくわかった気がした。
 
 
つづく
 
 
 

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