9.唐土の鳥.8
じっとその中身を見つめていたボスが目顔で最所と京念に頷く。最所はすぐ携帯を握りしめて店の方へ行き、京念は更科を椅子に座らせた。
そして私たちにいとも陽気に笑いかけた。
「お腹すきませんか? 何か食べるものってありませんか?」
私たちはすぐ厨房へ移動することにした。ごっこ遊びはどうもこれでおしまい。
ここからは堅気の店の我々が関わらないほうがいいらしい。
全てが解決したらきっと納得できる説明をしてくれるに違いない。
「温かな鍋焼きうどんはいかがですか?」
「あ、それすごくいいですね。じゃあ八人前お願いします」
ん? 八人前? 更科も含めて七人。ということはまだ誰か現れるということなのか。
思わず顔を見合わせたが、とりあえず八人分の夜食作りを開始する私たちだった。
棚の扉を閉め、厨房に入った途端ひなこが嘆息をついた。
「ふうちゃん、みいこさん、ここって……」
「うん」
「ここって、まったく……」
「うん」
「腹が立つほど……」
「うん」
しばらく沈黙したひなこが思い切ったように言った。
「まったく、腹が立つほど、バカバカしくなるほど退屈しませんよね!!」
私たちは爆笑した。本当にひなこの言うとおり閑古鳥どころか毎日毎日何かしら事件が起きる。
そのうえ、私たちは『塀のむこう』の奥方、佐月さんの話の続きもまだ聞いていないのだった。
***
「そろそろお持ちしてもいいですか?」
と声をかけると、
「お願いします」
と返事があり、三人がかりで夜食を持って事務所へ入ると確かに一人見慣れぬ男が加わっている。
背の高い、ひょろりとした若い男だ。
ちらりと見ると笑顔で軽く頭を下げた。
なかなか好印象である。
ひなことふたばの工夫で、うどんには柚子の皮がすりおろしてあり、
蓋を開けるとふんわりと美味しい香りの湯気が立ち上った。
「うん、うまそうだの。相変わらずうちの姐さんたちの手料理は最高だの」
ボスが嬉しそうに箸を取り、
「さあさ、温かいうちに食べよ食べよ」
の呼びかけに「はーい!」と更科が真っ先に返事をした。
「あ、その前に紹介だけしておきます。こちら友引警察署の――」
そこまで最所が言ったところで更科がぎょっとした顔で箸を止めた。
そのまま立ち上がろうとする肩をうどんを食べながら押さえた男は
「はじめまして……と言いたいところだけど、本当は三回目。
ちょっと遅くなったけど約束通り来ましたよ、姐さんがた」
そう言ってにやりと笑った。
「私、友引警察署の瑠璃光 誠。またの名をるりこ姉さんと言います」
箸を持ったまま立ち上がったのは私たちの方であった。
ボスと最所、京念はすでにるりこ姉さんからある程度の情報を聞いていたらしい。
正月後、何らかの変わったことがあったら必ず知らせるように、と。
なるべく巡回も怠らないようにはするが、店内の様子まではなかなか見守ることはできないし、
多分それは一般客と区別がつかない人物が仕掛けるはずだし、またそれがどんなものかもわからない。
もし何か売りに来るような客がいたらすぐ知らせてほしい。
一日に来店する客もたかが知れている店であればこそ容易に対応できうることであったのだ。
ところがボス、最所、京念、るりこ姉さんが予想だにしなかったことは正月からこっち、閑古鳥の大群の住処であったはずの逢摩堂が一躍観光スポットとなり、
超繁忙店へ劇的変化を遂げてしまったことで、
これはいつどんな客が来店していても全くわかりはしない。
客に紛れて実は私服も何回か来店していたらしく、
部署には「猫のヒゲ」が何本か麗々しく飾ってあるそうだ。
また、三人の男たちのみ情報がもたらされていたことに対しては、私たちにより自然にその人物と接してほしかったという言い訳だったし、
そのためになんだかんだと理由をつけてボスたち三人はずっとこちらに詰めていたという言い分だった。
るりこ姉さんは内偵で来店した折に、
思いの外しっかりしている、あるいはしっかりしすぎている私たちを見て却って心配になり、
ボス、最所、京念に知らせていたのだという。
つづく
そろそろ温かいものが美味しい季節になってきました。
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