逢魔時堂

逢魔時(おうまがとき)は昼と夜が移り変わる時刻。人の目が宵闇の暗さに順応する前の状態にある時間帯のことを言うのだそうだ。闇に慣れると人の目は宵闇の暗さに慣れ、暗闇の中でも物の形が区別できるようになる。それは、人の心の闇もまた。

10.神かくし.6

 その様子を見つめていた私は思いきって咲良さんの部屋に行った。
 
 ドアの前で小さく声をかける。
 
「失礼します。見てほしいものがあるの。あなたは見るべきだと思うの。
私は何も事情は知らない。
でも、何かがあってみんな傷付いて、打ちのめされて――。
でも時は流れて各々に公平に時は流れて。
暗闇の中で本当に大切な何かが見えてきたのだとしたら……」
 
「小さな猫がいなくなったの。
みんなとても心配して、その猫の帰ってくる道をみんなで作ったの。
あの方も、表通りの皆さんも。
みんな必死で頑張ったの。あなたへの償いみたいに」
 
 しばらくの沈黙の後、ドアはカチリと鳴った。
 
 私は部屋に入り、咲良さんに話しかけた。
 
「余計なことだとしたらごめんなさい。でも見てあげてほしいの。
人は変わる。思い出を積み重ねて人は学び、人は変わるの。
良いことも悪いことも……時が静かに沈殿させて心の上澄みが必ずできるの。
見てあげてほしいの」
 
「開けるね」
 
 分厚いカーテンに手をかけたとき、力を加えていないのにそれは自然に開いた。
そしてその後ろにあるレースのカーテンも。
 
「ありがとう」
 
 私は小さく呟いた。
 
 バルコニーの扉を大きく開いて私は中庭のみんなに晴れ晴れと大声をかけた。
 
「みなさーん! 咲良さんも加わりたいんですって!」
 
 全員が棒立ちになった。
 
 コップを持ったまま口を開けて放心しているボス。
涙が吹き出した佐月さんをマスターがしっかり支えている。
 
 スルメを口に咥えたままの会長、大きく目を見開いたままのひなこ、ふたば。
 
 その後「うおー!」と大歓声をあげてみんながバルコニーの近くまで走り寄った。
よろよろとボスが扉近くまで来た。
そのまま咲良さんの絵の前に来る。次は佐月さんだ。
 
 人々は一人、また二人と部屋に入った。
 
 ボスが愛しそうに絵の咲良さんを優しくなぞる。
 
「五十年ぶりじゃの。
お前はちぃとも変わっとらんの。あの時のまんまじゃの。
会えて良かった。話したいこと、いっぱいあったのじゃ。
謝りたいことがいっぱいあるのじゃ」
 
 いち早く絵の下にちんまり座った平蔵がボスを見上げて優しく鳴いた。
 
 その声を合図にみんなは泣き笑いし、佐月さんは平蔵を抱き上げて咲良さんに深々と頭を下げた。
一人、また一人と各々が絵の前で頭をたれて手を合わせる。
 
 最後に涙で顔をぐしゃぐしゃにした会長がボスと強く抱き合った。
そして二人は咲良さんの絵に深く深く頭を下げた。
 
つづく
 
 

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