11.鬼も内.6
ふんぞり返っていた内藤夫人が座り直した。
「昨日は留守にしとりまして申し訳ないことでした。
私が逢摩堂の主――今は楽隠居のじじいですわい」
「あら……」
夫人は曖昧に答え、ボスをジロジロ見た。
そしてその後もう一度私をジロジロ見た。
その目には下品な好奇心が光っている。
「ふうん……そう」
どういう納得の仕方をしたのかなんとなくわかった気がした。
「昨日もこの人に言っておいたのですけどね」
内藤夫人はことさら厳しい声音で言った。
「ご主人の留守の間に接客一つできない人に、いくらお気に入りだと言っても店を任せるというのはいかがなものかしらね。
私の主人のことすら知らない人ですよ」
「うーむ、それは困ったことですわい」
ボスは夫人の言葉にそう相槌を打つ。
「そうでしょ? この町の……一応名士と呼ばれている人の名前くらいは教えておくべきじゃありませんこと?」
夫人の声が一段と高くなった。
「うーむ、それはわしの考えの及ばんところじゃったかな。
わしは銘ではなく心で感じろとこの子たちに教えてきましてな。
名前で判断するなと。
中には話にもならん駄作もありますからの――あ、これはあくまでも品物の話ですわい。奥方の仰っていることとは違いますの。
そうじゃった、その方面の勉強はわしもせなならんの。
お前さんたちに言うとかんですまんことじゃった。
ところで失礼ですが奥方はどちらさんですかの?」
「ですから!」
奥方は金切り声をあげた。
「私は内藤久矢の!」
「ほうほう、内藤? おおう、内藤――うんうん。
おう、そう言えば古い馴染みの碁敵の内藤のじじいんとこにちんまい鼻垂れ坊主がおったわい。
たしか――久矢じゃった。おお、そうでしたか。
あんたさんはあの坊主の……えっと、奥方ですか?
それはそれは……そうか、あの坊主がのぉ……」
ボスはあくまでも善良そのものの表情でこのセリフを言ってのけた。
その上、昔を思い出す少し呆けかけた好々爺の風情そのもので、
「どうしておりますかの? 内藤じじいは。逢摩がまた碁でも打ちたいのぉと言うておったと伝えてくだされ。
いやなに、昔の借金のことは気にせずともいいともな。
もしかして奥方が来られた理由もそれでしたらもう時効じゃ。
気になさらんでも結構ですぞ」
「ではわしはもういいですかの?」
よっこらしょ、と声を掛けながらボスは立ち上がった。
「おうおう、そうじゃった。ご覧の通りわしはすっかり楽隠居の身になっておりましてな。
この店は亡くなった妻の忘れ形見の娘たちにすっかり任しておりますわい。
よく働いてくれる娘たちですがの。
女親がおらん分、まあ気の利かん所があったらまた教えてやってくだされ。
では失礼」
ことさらよたよたと歩きながらボスは暖簾の陰に消えた。
つづく
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