逢魔時堂

逢魔時(おうまがとき)は昼と夜が移り変わる時刻。人の目が宵闇の暗さに順応する前の状態にある時間帯のことを言うのだそうだ。闇に慣れると人の目は宵闇の暗さに慣れ、暗闇の中でも物の形が区別できるようになる。それは、人の心の闇もまた。

11.鬼も内.7

 私は一瞬目を閉じた。私をかばってのボスの作り話は母を幼いころに亡くし、父とも小学生の時に死に別れている私にとってこみ上げるものがあったのだ。
 
 危うく涙が出そうになったのだが、それより前に号泣したのは前に座っていた五分刈婦人だった。
 
 唖然としてその姿を眺めていた私だったが、暖簾の陰から飛び出してきたひなことふたばを認め、目顔で頷いた。
二人は泣いているのが私ではないとわかって安心したようで、黙ってその場を去っていった。
 
 心を絞り出すような泣き声は、やがて子どもの駄々泣きに変わり、段々しゃくり上げになった頃、私はそっとハンカチを手渡した。
無言で受け取った夫人は思いっきり鼻をかみ、またそれを私に返した。
 
「私の父は昨年死にました」
 
 ぽつんと一言呟く。
 
「私をたった一人残して……」
 
「たった一人残して。この世に私をたった一人ぽっちにして」
 
 そして私をキッと鋭く睨んだ。
 
「あんたにはわからないでしょうね。
あんな……お父さんがいる幸せなあんたには私の気持ちわかりっこないでしょう」
 
「お母様はいらっしゃらないのですか?」
 
 私は優しく聞いた。
 
「母!? ああ、とっくに死んだわ。私の子供の頃にね」
 
「でもご主人はいらっしゃるでしょう?」
 
 私は尚も優しく尋ねた。
 
「主人!?」
 
 夫人は不思議そうに私を見た。
 
「え? ああ、そうね。
主人はいます。内藤久矢です」
 
「だとしたら奥様は一人ぽっちなんかじゃないのではありませんか?」
 
 しばらくの沈黙があった。時計を置いていない逢摩堂だったが、
トクントクンという心臓の音――音なき音が秒針の響きのように思われる沈黙だった。
 
「あんな男……あんなやつ……夫なんかじゃない」
 
 彼女は私の手から先程のハンカチを再び奪い、
もう一度大きな音を立てて鼻をかんだ。
そして再び私をキッと見つめた。
 
「あなた、あの棚の上にある黒楽、どこで仕入れたの?」
 
「誰が持ってきたの? 話してちょうだい」
 
 たしかあの茶碗は昨年の暮れ、倉庫の片隅にあったのを私が見つけたものだった。
骨董価値はあまりないのだが、ゆったりとした形が気に入って、
冬の季節に相応しいと思い展示したものだ。
 
 しかし私たちが来る前から倉庫にあったもので出処は知らないし、
よしんばわかっていてもそれを口外することはできるはずもない。
 
 
つづく
 
 

 

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