夜咄5
その日は早朝から薄っすら雪模様となり、空気がぴんと張り詰めていたが昼頃にはすべての塵芥をも露払いされたかのような美しい青空が拡がった。
逢摩堂は『本日お休みしております』とドアに張り紙をしている。
「この季節、忙しいからせめて昼過ぎまで店を開けたほうが……」
という私たちに、ボスは
「いいや、朝から閉めんとな。まさか猫たちだけで店番させるわけにもいくまいて」
「お支度は時間がかかるやろ」
といたずら小僧のように笑う。
使う道具はすでに黒猫家に運び入れてあり、室礼や会食の献立など、細かい打合せもとっくに済んでいる。手伝いが主である私たちもまた末席に加えてもらえるようなので、失礼のない程度であるが動きやすい服装にしようと三人で話し合っている。
「一足早く黒猫家に行っておくれ。わしは後から先生方と行くからの」
私たちははあい、と答え、着替える暇もないだろうと考え、各々かねてよりの打合せの服装に整え、エプロンを用意し、揃って咲良さんに
「行ってまいります」
と手を合わせて黒猫家へ向かった。
道中ひなこが「覚えてますか?」と笑った。
「あのね、今日は私たちの初出勤の日なんですよ」
「あ、そうだ! そうだった!」
そうふたばも続ける。
「忘れてた。そうか、今日だったっけ」
「そう、今日だったんですねぇ」
なんとも感慨深いものがある。二年前の昨日、私は面接のため逢摩堂へ向かう道すがら、黒猫屋が入っているマンションを見上げ、自分は一生足を踏み入れることもないと思っていたし、ここから不意に現れたハセガワとほんの少しお喋りもしたのだった。
そんな思いで各々胸いっぱいになりながら、改めて見上げたマンションは相変わらず大きかった。
マンションコンシェルジュの女性とも、今やすっかり顔なじみになっており、笑顔で挨拶を交わしエレベーターに向かおうとすると「待った」がかかる。
「今日は特別室へいらしてくださいな」
そうか、まだ運ぶものがあるようだ。指示通り一階の特別室へ足を進めた。このマンションの全容はすっかり頭に入っており、初めて来たときは迷子になりそうだった私たちも迷うことなくさっさと歩ける。
特別室のドアを開けると私たちは「え?」と棒立ちになった。
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