逢魔時堂

逢魔時(おうまがとき)は昼と夜が移り変わる時刻。人の目が宵闇の暗さに順応する前の状態にある時間帯のことを言うのだそうだ。闇に慣れると人の目は宵闇の暗さに慣れ、暗闇の中でも物の形が区別できるようになる。それは、人の心の闇もまた。

Who Killed Cock Robin? 3

「駒鳥? 駒鳥じゃと?」


 ボスが呻くように呟いた。


「ひなちゃん、すまんがそれ全部読んでおくれ」


 はい、とひなこがその歌詞を読み始めた。マザー・グースの中では異例なほど長いのだ。


 朗読を続ける途中でボスの顔色が悪いのに気付いた。


「父さん、顔色悪いですよ。お疲れでしょう? 休みますか?」


 小声でそう聞いたのだが


「いや、大丈夫だ」


 と目を閉じたまま答える姿が妙に弱々しく、気になって仕方がない。

 

 

「――空の小鳥は一羽残らず溜め息ついてすすり泣いた」


 ひなこの朗読が静かに終わり、しばらくの沈黙が訪れた。


「……話しておきたいことがある」


 まるで時が止まってしまったかのような室内で、ボスが静かに呟いた。


「また今度でも――今日はお疲れでしょう」


 心配するひなこと私の言葉を制止し、ボスは京念とるり子姉さんに


「あんたらも聞いておいてほしいのじゃ――いわば立会人じゃな」


 そう言って、ボスは言葉を紡ぎ出すようにぽつりぽつりと昔語りを始めた。

 

 

***

 

 

 なにから話したらいいのだろう。


 もうかれこれ半世紀も前のことになる。


 咲良と、そしてあの娘たちのことをわしも、そして通りの皆も忘れたことがなかった。


 あれから随分探した。現場となった土砂の中はもちろん、山の中も――果ては鉄砲水の流れ込んだ川の上流まで。


――わしは、わしらは捜したんだよ。でも見付けることはできんかった。あれらは消えてしまった。そう、本当に消えてしまったのじゃ。


 亡骸を見付けるのは辛いじゃろう。だが見付けられないのはただただ苦しいのじゃ。わしは、そしてわしらは段々と寡黙に、疎遠になっていった。口を開ければお前のせいだ、と互いに罵りあうのが恐ろしかったせいもある。


 そうじゃ、わしは咲良に到底許されんことをした。


 今のわしだったら絶対にすまいことを咲良にした。言うてしもうた。若さだけのせいにはすまい。


 驕っておったのだよ、わしは。わしの器は貧相だったのじゃ。


 祖国から売られたあれらの悲しみを、わしは理解しきれなかった。そんなもの、捨てればいいとわしは思った。お前たちをそんな目に合わせた、そんな連中のことなど忘れてしまえと思った。


 この国で、この地で新しく生まれ変わって生きていけと、幸せにしてやると、どんな贅沢もさせてやると、望みはすべて叶えてやると。


 通りの皆もあれらには優しかった。その一つには、通りの繁栄はあれらのお陰でもあったし、なにより皆気立てがとかったのじゃ。


 昼間なんかは通りの皆にもよく馴染んで、時々店番まで買って出ておった。


 片言の日本言葉が可愛らしいと言って、皆がわしらは仲良しじゃ、わしらはあんたらの家族みたいなもんじゃ――と言うておった。

 

 

 

 

本日もご覧いただき、ありがとうございます! お帰り前にお手数ですが下のリンクをポチッとしていただくと、 励みになります !


人気ブログランキングへ

ブログランキング・にほんブログ村へ
にほんブログ村

 

 

 

また見に来てね♪

読者登録もお待ちしております!

 

前作「属」はこちらから→「属」第一話 誕生日

 

「逢魔時堂」第一話はこちらから↓

yuzuriha-shiho.hatenablog.jp