逢魔時堂

逢魔時(おうまがとき)は昼と夜が移り変わる時刻。人の目が宵闇の暗さに順応する前の状態にある時間帯のことを言うのだそうだ。闇に慣れると人の目は宵闇の暗さに慣れ、暗闇の中でも物の形が区別できるようになる。それは、人の心の闇もまた。

Who Killed Cock Robin? 4

 あれらがどんな経緯で売られてきたのか知っとるもんはおらんかった。


 この地には流れに流れてきたのじゃろう。その世界ではよくあることじゃった。


 しかし、咲良にはもちろんのこと、あの娘たちもそんな世界にいたにも関わらずなんとも言えぬ品格があった。


――そうじゃ、泥沼の泥に染まらぬ蓮の花、という風情があった。


 しかし、しかしじゃ。人の心は恐ろしい。わしらはこの品格が気に入らんかった。そこが一番惹かれた部分じゃったのに、わしらが持たぬこの品格が気に入らんかったのじゃ。


 特にわしは鼻についたのじゃ。その美しい蓮の花びらに思いっきり泥水をかけてやりたい。所詮金で取引されてきた身じゃと言ってやりたい。そんな思いをなぜ持ってしまうのか――わし自身がわしにやりきれん思いじゃった。

 

 わしはほぼ強引にと言ってもいい形で咲良を引き取った。身請けというやつじゃ。そうするより他に方法はなかった。学生の身であったが、わしには自由にできる金があった。


 咲良は他の娘たちと離れるのを嫌がった。他のものもそのうち必ず引き取るから、とわしは嘘をついた。他の娘たちまで自由にするつもりは全く無かった。


 むしろその者たち離したかったのじゃ。昔のことなど忘れてほしかったのじゃ。咲良の体は清らかじゃ。その引き換えに周りの娘たちが代わりとなって守り抜いたのじゃと聞かされておったが、わしは確かめることすら怖かった。


 それほどまでにわしは咲良を愛しておったのか。あるいは単にわしの所有物として手元に置きたかったのか。あるいは人形のように飾り立て、一人で楽しみたかったのか。一人の女を幸せにしてやったという思いに満足したかったのか。多分どれもこれも、じゃった。


 わしはあれを飾り立て、自分好みの部屋やら家具やらを与えた。それらを咲良は微笑みながら受け取ったが、宝石もドレスも身につけることはなかった。人形のように、そのときはわしの言うとおりにした。


 でも気が付けばいつも質素な黒のブラウスやらセーターになった。あの絵の通りじゃよ。


 わしは何をすれば咲良が喜んでくれるのか、わからぬままに空回りをしておった。しかしそのうちに少しずつわかってきたのは、あれがゴテゴテと飾り立てたものを嫌う、ということだった。


 あの部屋の、あの家具はほぼ咲良が選んだものじゃよ。


 みいこさんが「なんとも言えない品格がある」と言ってくれたとき、わしは本当に、どう言ったらいいか――本当に――。

 

 

 そこまで話して、ボスは鼻紙を引っ張り出して大きく鼻をかんだ。続いて私も。その次にひなこも。

 

「わしは、あれが――咲良が、わしを好いてくれておるのかどうかもわからなかった。そうじゃ、わしは自信がなかった。だから――だから闇雲に物を与えることしか選べんかった」

 

 夜は深々と更けていく。
 私たちはボスの話を止めなかった。今、ボスはようやく言葉を紡ぎ出せたのだ。

 

 

 

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