語り継ぐもの3
そうこうしている内にテーブルにひょいと飛び乗った小雪が茶碗の中の水をちょろちょろと舐め始めた。
「こら小雪。ちゃんとお水茶碗持ってるでしょ。そっちのお水を飲みなさい」
そう言いながら慌てて小雪を抱き上げた私はふと何かが心に引っかかったような気がした。
猫の食器――どこかで、いつだったか私はこんな景色を見た。あるいは思ったことがある。あれは何だったろうか――思い出せない。
「父さんは――」
二つ目の練り切りをさくっと黒文字で切りながらふたばが口を開いた。
「父さんはこの茶碗、他の人に見せたこと無いって――あの夜咄以前に見せたこと無いって言ってましたよね。と、言うことは追っ手はどれがどれだかわかってないはずなんですよね」
ふたばの言うとおりなのだ。私たちもこれに似たものを専門書やインターネットで検索して、恐らくこの類だ、だとしたら……と心底臆した次第でこの茶碗そのものを図鑑などで見たわけではない。
「と、言うことはですよ。『あの人たち』は何で判断するんですかね」
確かにそうだ。誰も見たことがないものに対して本物、偽物の判断基準はどこにあるというのだろうか。
「『あの人たち』の中にすごい目利きの専門家がいるのかなぁ」
ひなこはそう呟き、あ、そうそう、と厨房へ向かったと思うと紙袋を持ってきた。
紙袋の中から新聞紙に包まれたものを取り出し、ごそごそと包みを開きながら
「調子に乗ってまた作ってみたんだけど、どうでしょう」
とテーブルに並べ始めた。
「これは父さん用、これは咲良さん用」
ひなこが並べていたのは夫婦茶碗で、若竹色と桜色の釉薬の妙というのか、いい具合にとろりと混ざり合ってなんとも柔らかな色合いになっている。
「それと、これは……」
後から紙袋から取り出したものは件の茶碗を精巧に模したものだった。
「父さんにその当時の土や釉薬の成分なんかを聞いて、ちょっと研究してみたんだけど――どうかな」
そう自信なさげに茶碗を見せるひなこと、その茶碗を手に取って感嘆しているふたばに、
「ねえ、ちょっと相談がある。とりあえず! とりあえず二人とも耳貸して」
二人は私の提案に黙って親指を突き出した。目がキラキラしている。仕事師の目だ。
その話をしたあとに三人で咲良さんのもとへ急ぎ、咲良さんに許しを請うためにこの話を絵の中の咲良さんに話すと、咲良さんは頷きつつ、ぷっと吹き出した。(ような気がした)
「四人だけの秘密ですよ」
私たちはそう言って真剣に頷きあった。いつの間に部屋に来ていたのだろうか、足元で小雪も一声鳴いた。
そう、これはさっき小雪があの茶碗から水を飲んでくれたから思いついたのだ。――猫の茶碗、猫の皿――。
「五人だけの――女だけの秘密ですよ」
と訂正し、言い直した。
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