逢魔時堂

逢魔時(おうまがとき)は昼と夜が移り変わる時刻。人の目が宵闇の暗さに順応する前の状態にある時間帯のことを言うのだそうだ。闇に慣れると人の目は宵闇の暗さに慣れ、暗闇の中でも物の形が区別できるようになる。それは、人の心の闇もまた。

四月馬鹿.6

 さて、いよいよの四月一日


 ここまで来たらあとは氏にお任せするしかないのは重々承知しているが、留守を守っている私たちは早朝から落ち着かないことおびただしい。


 慎重なひなこがガラスの置物に躓いて割ったり、いつもにも増して丁寧に煮物の下準備をしていたふたばが鍋を焦げ付かせたりしているし、私は私で動物園の熊のように訳もなく店内を歩き回っていた。


 もうなにも手に付かない状況に、思い切って店を臨時休業することに決め、この日は出かけることにした。


 考えてみれば三人揃って出かけるというのは久し振りだ。それも遊びが目的で、ということになると初めてと言ってもいいくらいかもしれない。


 そう考えると妙に心が浮き立ち、ちょっと遠出をしようということになった。昨日のローカルニュースで、隣市の天然記念物になっている老桜木が見頃だと言っていたのを思い出し、その近くに温泉もあるしで日帰りの小旅行と洒落込むことにする。


 例の会が始まる夕方までには帰れるだろう。だとしたら佐月さんと麦ちゃんも誘ってみようかということになった。これも一つの女子会の形なのだろう。


 声を掛けると佐月さんはあいにくマスターと所用があるということで、お店も今日は臨時休業になっており、住み込みで働いている麦ちゃんも昨夜から実家へ帰っているという。残念だが仕方がない。


「また誘ってね!」の声に見送られ、いざ車に――と思ったのだが、急に電車に乗りたくなってしまい、急遽三人で駅へ向かった。


「なんだかワクワク度が増しますよねぇ」


 乗車時間はわずか小一時間なのに車内で食べる駅弁やらおやつやらをしこたま買い込む。


 おせんべい、キャラメル、チョコレート。昔の唱歌そのものだ。


 そういえば仕事以外で電車に乗るのは本当に久し振りだ。しかも各駅停車なんてほとんど記憶がないくらいだ。

 


 私たちは車窓に流れる景色に見惚れ、お弁当を食べるのにも忙しく、遠足の小学生よりもっとはしゃいでこの時間を楽しんだ。


 電車に乗って二十分も過ぎれば、とっくに人家のある街並みの景色は消え、田畑やら山林やらが続き、やがて段々畑が見えてきた。


 この畑一つを作るのに昔の人はどれだけの苦労を重ねたことだろう。しかしその畑も後継者がいないのだろうか、所々石の段だけがわずかに認められるものの雑草が生い茂っているものも多い。


 元の状態に戻すためにはまた大変な苦労を要するだろう。そんな思いで景色を眺めていると、ふと目に留まるものがあった。


 そこはやや大きめの田になっており、その側には開墾した人々の墓石らしきものがいくつか並んでいるのだが、その一つに誰かがしゃがみ込んでいてお参りしているらしい。そしてその人が着ている服に見覚えがあったのだ。


 もちろん顔は見えないのだが、この前私が麦ちゃんにプレゼントしたジャンパースカートのタータンチェックの色合いだった。


 以前、麦ちゃんは海辺の町に生まれたのだと話していた記憶がある。


――だとしたら別人か。ああいうのはきっと大量に出回ってるし――と納得しようとしたのだがやはり気になり、その景色が見えなくなるまでずっと見届けている私に、


「みいこ姉さん、もうすぐ着きますよぉ。早くお弁当食べきって!」


 と二人が急かした。


「わ、大変」


 大急ぎで弁当の残りを詰め込むのだが、山間の、ほとんどもう無縁墓のようになっている寂しげな墓前に長く額づいていたその姿がいつまでも残像として記憶に残ったのだった。

 

 

 

 

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