四月馬鹿.8
十分後にはすっかり元気になったのだが、それでも足音を忍ばせて恐る恐る事務所の戸口に戻った。三人でそっと耳を澄ますとカタカタの音は止んでいるようだ。
しかしその代わりにカリカリ、ポリポリという聞き慣れた音が聴こえてきた。そっと覗き込んだ私たちの目に映ったものは、三つの茶碗を器用に押さえながら楽しげに、嬉しげに食事をしている猫たちの姿だった。
『――見てごらん、何かあったらこんなにやんちゃしとらんじゃろ。大丈夫じゃ』
不意に以前ハセガワが行方不明になったとき、ボスが言った言葉が蘇った。
怖がることはない。この茶碗に恐怖を感じることはないのだ。
私たちはしゃがみ込み、艶やかな猫たちの背中を撫でながら、母の形見とも言える茶碗を見つめた。音か振動か――そのどちらかに反応するに違いない。その仕組みはわからないが。
しかし、猫たちをどかしてまで「今」それを究明する気にはなれない。とりあえず「今」は茶碗は道具としての役割に満足しているかのように動かず、じっとしている。
しばらく茶碗と猫たちを見つめていたのだが、ふたばの携帯が鳴った。最所からだ。
「うん、うん――え? なにそれ?――うん、うん」
と応えているふたばに、不躾ではあるのだが私たちもぴったり張り付くものの早口の言葉になかなかついていけない。
「――こっち? うん、大丈夫。え? えー? それ、必要? わかった。勝負は今夜? 真夜中くらいなのね? わかった、とにかく無茶しないでね。また連絡して」
そう言って電話を切ったふたばに、どうなった?! と勢い良く聞く私たちにふたばが説明したのは大体このような内容である。
件の茶碗を見せられた御大尽はみるみる顔が紅潮し、どこで手に入れたのか、と聞いたらしい。
「出処はちょっと――ただ、ある方から内々に譲りたいと打診がありましてね。なんでも引き取り手がいないとか。まあご覧のように相当の価値がある――これは皆さんもすぐおわかりでしょう。天涯孤独であったその方は自分亡き後は野に埋もれてもいいと思っていたらしいのですがね。でも縁あってこの度養子縁組をしたその子達にお金という形で残したいと思ったということで――それで私に、と。いやあ、老後の資金、すべて注ぎ込みましたわい。一世一代の買い物ですな」
柊氏が御大尽の問いに答えたあと、満場一致で本日の最高賞を獲得したのは言うまでもない。
その後続いた会食でも話題はその茶碗のことで持ちきりで、やれオークションで高額出品すればいいとか、いやいや人類にとって後世に遺すべき宝物だから美術館に寄贈してあなたの名前を歴史に刻むべきだとか様々な意見でかしましかったという。
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