逢魔時堂

逢魔時(おうまがとき)は昼と夜が移り変わる時刻。人の目が宵闇の暗さに順応する前の状態にある時間帯のことを言うのだそうだ。闇に慣れると人の目は宵闇の暗さに慣れ、暗闇の中でも物の形が区別できるようになる。それは、人の心の闇もまた。

四月馬鹿.7

 夕方、ささやかなリフレッシュタイムだったがすっかり元気になった私たちは逢摩堂へ戻り、しばらくすると上京組から第一報が入った。


「首尾は上々。追って詳細」


 とある。まるで電報のようなメールである。


 こう、なんていうか――もうちょっと具体的に書けないものか、とイライラするのだが、首尾は上々という文言にとりあえずは胸を撫で下ろした。


 その五分後には「稀代の詐欺師。惚れ惚れする口上」と第二報が入った。


 計画によると例の会が開かれている会場の隣の部屋に、ボス、最所、京念が詰めることになっており、襖越しに聞こえる会話に耳をそばだてているらしい。


 それから小一時間ほど経った頃、ハラハラしながら待っている私たちに届いたのは「第一ラウンド圧勝! しかし勝負はここから!」という文言である。


 このあたりになるとふつふつと怒りがこみ上げてくる。なんのつもりだろうか。スポーツ紙の見出しでもあるまいし。状況がまるでわからない私たちにとって、この途切れ途切れの情報はまったくもって神経を逆撫でる。


「揃いも揃って! だいたい何のためにみきくんまで送り込んだと思ってる! もっと丁寧に現場レポしろって! 帰ってきたら一週間弁当抜きにしてやる!」


 新婚ふたばの言葉に「まあまあ」となだめながらも、私とひなこは組んだ足をカタカタと動かしている。これは私たちの共通の悪癖で、気付いたときにはなるべく直そうとお互いに注意しあっているのだが、イライラが募るとどうも出てしまう。今日はお互い注意し合うこともなく普段であればカタカタで済むのだがガタガタとかなり強めに出ている。


 お互いに目が合い、思わず舌を出して足を組み直したとき、床にトレイを置き、そこに収めていた件の茶碗がカタカタと動き出した。まるで命が宿ったかのようにカタカタと揺れている。ついさっき、盛り付けてやったドライフードが跳ねて溢れるほどの揺れである。


 逢摩堂に来てから随分と不思議な事も経験してきたが、不気味だと感じたのはこれが初めてだった。


 ひなことふたばがカニ歩きで私のもとにやってくる。三人で顔を見合わせ、次に私たちは悲鳴を上げて咲良さんのもとへ飛んでいった。なぜか「お母さーん!」と叫びながら。そして咲良さんの絵にしがみつき、母さん、怖いよぉ、と叫んだのだった。

 


「母さん怖いよ」
「母さんどうしよう」
「母さん教えて」
「母さん助けて」
「母さん!」

 


 私たちはおよそ思いつく限りの母に甘える言葉を並び立てた。それは幼い頃からずっと封印してきた言葉だったかもしれない。


 その言葉を出すたびに心の中の不安が一つずつ溶けていくような気がする。

 

 

 

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四月馬鹿.6

 さて、いよいよの四月一日


 ここまで来たらあとは氏にお任せするしかないのは重々承知しているが、留守を守っている私たちは早朝から落ち着かないことおびただしい。


 慎重なひなこがガラスの置物に躓いて割ったり、いつもにも増して丁寧に煮物の下準備をしていたふたばが鍋を焦げ付かせたりしているし、私は私で動物園の熊のように訳もなく店内を歩き回っていた。


 もうなにも手に付かない状況に、思い切って店を臨時休業することに決め、この日は出かけることにした。


 考えてみれば三人揃って出かけるというのは久し振りだ。それも遊びが目的で、ということになると初めてと言ってもいいくらいかもしれない。


 そう考えると妙に心が浮き立ち、ちょっと遠出をしようということになった。昨日のローカルニュースで、隣市の天然記念物になっている老桜木が見頃だと言っていたのを思い出し、その近くに温泉もあるしで日帰りの小旅行と洒落込むことにする。


 例の会が始まる夕方までには帰れるだろう。だとしたら佐月さんと麦ちゃんも誘ってみようかということになった。これも一つの女子会の形なのだろう。


 声を掛けると佐月さんはあいにくマスターと所用があるということで、お店も今日は臨時休業になっており、住み込みで働いている麦ちゃんも昨夜から実家へ帰っているという。残念だが仕方がない。


「また誘ってね!」の声に見送られ、いざ車に――と思ったのだが、急に電車に乗りたくなってしまい、急遽三人で駅へ向かった。


「なんだかワクワク度が増しますよねぇ」


 乗車時間はわずか小一時間なのに車内で食べる駅弁やらおやつやらをしこたま買い込む。


 おせんべい、キャラメル、チョコレート。昔の唱歌そのものだ。


 そういえば仕事以外で電車に乗るのは本当に久し振りだ。しかも各駅停車なんてほとんど記憶がないくらいだ。

 


 私たちは車窓に流れる景色に見惚れ、お弁当を食べるのにも忙しく、遠足の小学生よりもっとはしゃいでこの時間を楽しんだ。


 電車に乗って二十分も過ぎれば、とっくに人家のある街並みの景色は消え、田畑やら山林やらが続き、やがて段々畑が見えてきた。


 この畑一つを作るのに昔の人はどれだけの苦労を重ねたことだろう。しかしその畑も後継者がいないのだろうか、所々石の段だけがわずかに認められるものの雑草が生い茂っているものも多い。


 元の状態に戻すためにはまた大変な苦労を要するだろう。そんな思いで景色を眺めていると、ふと目に留まるものがあった。


 そこはやや大きめの田になっており、その側には開墾した人々の墓石らしきものがいくつか並んでいるのだが、その一つに誰かがしゃがみ込んでいてお参りしているらしい。そしてその人が着ている服に見覚えがあったのだ。


 もちろん顔は見えないのだが、この前私が麦ちゃんにプレゼントしたジャンパースカートのタータンチェックの色合いだった。


 以前、麦ちゃんは海辺の町に生まれたのだと話していた記憶がある。


――だとしたら別人か。ああいうのはきっと大量に出回ってるし――と納得しようとしたのだがやはり気になり、その景色が見えなくなるまでずっと見届けている私に、


「みいこ姉さん、もうすぐ着きますよぉ。早くお弁当食べきって!」


 と二人が急かした。


「わ、大変」


 大急ぎで弁当の残りを詰め込むのだが、山間の、ほとんどもう無縁墓のようになっている寂しげな墓前に長く額づいていたその姿がいつまでも残像として記憶に残ったのだった。

 

 

 

 

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四月馬鹿.5

 明くる日、再訪した柊氏に私たちはすべてを白状した。


 しばらく呆然と偽茶碗を見つめていた柊氏だったが、本物の在り処を尚も打ち明けられたあと爆笑していた。


「ああ、こんなに笑ったのは生まれて初めてです」


 氏は眼鏡を外し、目尻を拭いながらまだ笑いが収まらない様子だ。


「本当に申し訳ありません」


 平身低頭の私たちに


「いやいや、まったく騙されました。ああおかしい。しかも猫のご飯茶碗になっているとは。本当にあなた方は面白すぎる」


「取り替えていたこともすっかり忘れていて――気付いたときにはあんな状態で。騙すつもりは全く無かったんです。本当に申し訳ないことをしました」


 眼鏡を掛け直した柊氏は咳払いをひとつして口を開く。


「そうですな。確かに無礼な話ですな。うーん、これは――私も皆さんのお仲間にどっぷりと入れていただくしかこの笑いは――いえ、怒りは収まりませんな。いかがでしょう、次の会で私がこの茶碗を出品して奴の反応を見るというのは」

 


 実はその展開になるのが一番望ましいというのは私たちの中の話の中で何度も出たのである。


 しかしそこまで迷惑をかけるわけにはいかず、下手をすれば柊氏に危害が及ぶことになりかねない。そんなことは絶対に避けねばならない。


 まして偽物とわかっている今の状態で、どこまでしらを切ることができるのか、この謹厳実直を絵に描いたような人物にそこまでの演技力を求めるのはいかがなものなのか。


 私たちの一瞬の沈黙を見透かすように柊氏はにやりと笑った。


「ご心配には及びませんよ。実は私、若い頃は役者を志して家出した過去があります。残念ながら親父が病気になって泣く泣く家に戻りましたがね。でもその過去があるから堅物と呼ばれる人物を演じ続けてこられたというわけです。ようやくその役目も終わりました。そろそろ昔の夢を実現してもいいでしょう。どうでしょう――稀代の詐欺師の役、私にやらせてもらえませんかな」


 そう言い切った柊氏の瞳はまるで少年のようにいたずらっぽい。

 


 運命の日まであと一週間、ランチを兼ねた会議のメニューは大皿に盛り付けたおむすび、お新香、そして豚汁だ。


「これこれ! こういう食事がしたかった! 気取った会食もいいけどね。毎日だと飽き飽きする。ああ、体が喜んどります」


 柊氏はそう話しながらおむすびを六つ平らげ、その食欲に私たちは唖然とし、それと同時に逢魔時堂ファミリーに新たなメンバーが加わったことを実感した。

 

 

 

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四月馬鹿.4

 ボスがその箱を受け取り、開いて「これですじゃ」とごく自然に手渡そうとしてその手が止まった。


「ん?」


 急いで残りの二つの箱も開く。


「ん?」
「んん?」


 ボスのその一連の動きの間に柊氏は最所に開かれたそれを見て


「すばらしい……」


 と息を呑んでいた。


「まさに至高! 人類が生んだ奇跡の宝物ですな。眼福とはこのことです。これは守らなければならない! 俄然、ますますやる気になりました」


 柊氏は熱を帯びた声であとの二つも飽かず眺めている。それをよそにボスが私たちの顔を見る。その視線に頷き、目で詫びた。そのまま視線を事務所の隅に移動させると視線を追ったボスが目を丸くした。


 そこには猫たちのドライフードが山盛りに入っている三つの茶碗があって、さらにそれには各々に可愛い猫のシールが貼られていたからだ。


 親子の間で交わされたその一連の動きに気付いたものは誰もおらず、柊氏はもちろんのこと最所、京念、るり子姉さんも


「いやあ、しげしげと見させていただくと本当に素晴らしい」


 と感嘆の声しきりである。


 その声を聞きながら私たちは曖昧な笑みを浮かべるしかなかった。

 

 

***

 

 

「こら! ひなこ、ふたば、みいこ、ここに座らっしゃい!」
「一体全体なにを企んどる?」


 あの後の黒猫家での会食も一通り和やかに進み、最所と京念は柊氏をホテルまで送っていった。るり子姉さんはとっくに仕事に戻っている。


 咲良さんの部屋で私たちはすごすごと三人並んで座った。


「父さん、ひなちゃんとふたちゃんは悪くないんです。私が企んだことで――」


「違う、私たちも大賛成したんだから! 同じことだから!」


 苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるボスは、ふと咲良さんを見た。


「もしかして――咲良も知っとるんか?」


 絵の中の咲良さんが渋々頷いた。


「――小雪も。女同士の秘密で」
「まったく。男親はつまらんことじゃ」


 嘆息するボスにとりあえず事情を打ち明ける。


「もし――もし万が一、なにかが、誰かがこの茶碗を狙ってうちに来たとしてもしばらくは時間稼ぎにならないかなぁって」


「むこうは本物を見たこと無いわけだし」


「それにひなちゃんの茶碗、びっくりするくらい本物そっくりで」


 ボスもしげしげと改めてひなこが焼いた茶碗を吟味している。


「本当に。ひなちゃん、見事なもんじゃ。わし以外誰も気付けんかもしれんな」


 と感嘆の声を口にしたが、慌てて頭を振り、


「こんなことをして。もしお前さんたちがそのせいで危ない目に合わないとも限らん。年寄りをあまりハラハラさせないでおくれ。とんだ跳ねっ返りの娘どもだわい、のう、咲良。え? お前さんも賛成だというのか。まったく、うちのお転婆たちときたら。わし一人が蚊帳の外かの。つまらん」


 どうもボスの愚痴の本音はそこにあったらしく、私たちは神妙に頭を下げながらも口元が緩んで仕方がない。


「で、どうするつもりじゃ」


「そこからは……父さんや皆さんのお知恵拝借です」

 

 

 

 

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四月馬鹿.3

 

 とにかく、その会が開催されるまであと一月あまりしかない。自然な形でその場に加わる方法はないものか。


 その御大尽が何者なのか、事件との関連性があるのかどうかは別問題としても、私たち全員の動物的な勘が動いたからには探りを入れたい。


 ひとつには、例の窃盗団の黒幕がどこの何者なのか未だに正体が突き止められていないせいもある。その筋では幻のミスターXと呼ばれているほどだ。


 そのものずばりのミスターXとは思えないのだが、なにか手がかりらしきものが得られるかもしれない。ようやく「骨董品」という一つの共通点らしきヒントが与えられたのは確かだった。被害にあったのは古物商、蔵を持つ旧家、そして骨董の収集家が大半を占めている。


 ああだこうだと話し合いは続き、最終的には正攻法で京念のクライアントでもある、かの会長の協力を仰ぐしかないだろうという結論に至った。


 なにしろ堅物、頑固で知られた人物だ。下手な小細工をするより、ある程度事情を打ち明けたほうがこちらの思いが通じるのではないか、というのが全員一致した考えだ。

 


 その話し合いのあとに、全権大使の役目を担って出かけた京念はなんと当の会長本人を伴って帰ってきた。まずは咲良さんの部屋で静かに頭を垂れ、事務所でひなこ作の抹茶茶碗で一服し、改めて周りを見渡して嘆息し、きちんと椅子に座り直した。


 柊と名乗る会長は京念の話しから私たちが抱いたイメージよりずっと若々しく、実業家というより大学の教授のような雰囲気を漂わせた紳士である。


「京念先生からあらましのお話を伺ったときは半信半疑でした。そんな非科学的な話がこの今の時代にあるとは思えなかったのです」


 彼はもう一度周りを見渡し、そして足元にまとわりついて甘えてくる猫たちに当惑しながら「こりゃまた随分人懐こい」と微笑んだ。

 


「でもこちらに来て、皆さんにお会いしてすべて本当の出来事なのだと信じることができました。よろしい。私ができる限りのご協力をしましょう」


 と力強く語り、


「して、私は何をすればよろしいか」


 と膝を進める柊会長は店頭に現れたときよりもっと若々しく見える。


 私たちは恐縮しながらも作戦の内容を話した。


 ふむふむ、うーむと時折首を傾げたり、腕組をしたりと聞いていたのだが、


「ともかく、その茶碗を一度見せてもらえませんか? さぞかし見事なものなのでしょうな」


 と言う。

 


 その言葉にボスが頷き、身軽に立ち上がった京念の後ろ姿を見送りながら、はたと大変なことに気がついた。思わずひなことふたばの顔を見たのだが二人とも私の視線に気づかない。


 こほんと咳払いを一つすると、ようやくはっとしたひなことふたばが立ち上がった時には京念が箱を大切そうに持ってきたところだった。

 

 

 

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四月馬鹿.2

 

「それは……しかし、その方の身になれば大変なことですねえ」


 京念も話を合わせた。


「やはり、それだけ奥深い世界ということなのでしょうねえ」


 会長は茶碗を桐箱に戻しながら低い声音で吐き出すように言った。


「いや、あいつはどう見ても世間に憚る稼業に関わっとるに違いないから、痛い目にあっても同情する必要もない。大体において物の良し悪しはすべて金で決まると思い込んどる。まったく、骨董好きの風上にも置けんやつですよ」


 それ以上のことは口にしなかったらしいが、その後も厳格なことで定評がある会長にしては笑いが止まらなかったという。


 その話をじっと聞いていたるり子姉さんの目が細くなった。


「ちょいと、それ面白い」


 その反応に男たちも頷く。


「その会は今度いつ開かれるかわかる?」


 そのあたりは抜かりがない。京念によると都内の某料亭で毎年卯月一日に開催されるのが恒例らしい。四月馬鹿の日、もし偽物を掴まされも笑って済ませようという大人の洒落っ気でその日に設定されているそうだ。会員もそうそうたるメンバーということで、隠密裏に行われているわけでもないのだが、顔ぶれが顔ぶれなだけに敷居が高すぎると思われてしまうらしく、新しいメンバーが増えないのが会の悩みなのだという。


 例の御大尽は創立してから二、三年くらいした頃に、ぜひとも、と会に加わったらしく、かの老人はひと目見て相容れない思いを抱いたのだが、経済界の大物からの肝いりということもあり、不承不承入会に同意したということだった。


 この辺りまで京念は巧みに聞き込んできていた。


「ただかずちゃん! お・て・が・ら!」


 るり子姉さんは京念の手を握りかけたが、私やひなこ、ふたばの視線に気付いて慌てて手を引っ込めた。

 


「まずはその会とやらに潜入したいわね」


 るり子姉さんが腕を組む。その言葉に京念も頷き、話を進める。


「なんでも会員一人の推薦が必要だとか。そして創立メンバーの五人が全員賛同すれば正会員、四人以下だと準会員となるそうですよ」


 ふぅん、と全員頷く。と、なるとやはりなかなか入会規定は難しいのだろう。
「正会員と準会員と――会での序列はどう違うわけ?」


「いえ、なに。別になんということもなく、二次会のお座敷遊びで若い芸妓さんやホステスさんが隣に座ってくれるかどうか、ということらしいです」


 先程まで感じていた会の格式レベルが一段階落ちたような思いがしたのは私だけではないと思われる。

 

 

 

 

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四月馬鹿

 さて、意外なことに新しい情報は京念からもたらされた。


 それはここのところずっと「振り回されている」感が強い彼のクライアントの話題からだった。


 古い馴染みの同業種からぜひとも、と紹介されたそのクライアントは、不動産業を幅広く手掛けている人物で、国内はもちろんのこと、海外のリゾート施設も多く所有しているということなのだが、最近は古書や骨董といった趣味にのめり込んでいるのだという。


 それもどちらかというと、仲間内での目利き自慢ごっことでも言うのだろうか。全国のがらくた市で掘り出し物を見つけ出すのに血道を上げているらしい。


 若い頃から趣味らしいものも持たず、仕事一筋だったが老境になってからのこの道楽には、周りの者たちも呆れながらも黙認している、と跡を継いだ若社長も苦笑いをしているという。


 往々にしてこういう人物にはほとんどライバルというものが現れるもので、この会長の場合は隣国の同じ年頃の人物らしい。


「まったく、どこで見付けてくるんだか。金に任せて、本当に嫌なやつだ」


 古ぼけた茶碗をしげしげと眺めながら、そう京念に愚痴った。今度は茶碗対決らしい。


 なんでも、その同好会のルールは年に一度テーマを決めて各々が自慢の品を出し、仲間内で優劣を決めるという単純なもので、今回の品は東北の古い商家の蔵出しで見つけた物で、かの戦国大名の側室が愛用していたのだ――という、いささか信憑性に乏しく、京念が見ても首を傾げたくなる品物だったのだが、別に正直に感想を述べて心象を悪くする必要もないわけで曖昧に相槌を打って聞いていたのだという。

 


「それがね、先生。この前のことさあ、いやぁ、溜飲を下げるっていうのは正にこのことだね」


 会長は思い出し笑いをした。


「なにがあったんです?」


 そう京念が尋ねるとなおもくすくす笑いながら


「あいつなあ、赤っ恥かきよった。ざまあみろだわ」


 なんでも逸品中の逸品と自慢たらたらだった古い焼物が、二束三文で土産物屋で売られているガラクタだったことが「自慢の逸品鑑定ズバリ」というその国の人気番組で明らかにされたらしい。


 本人推定価格の何億分の一という、番組史上類の見ない惨憺たる結果で、


「わはは、こんなこともありますよ。皆さん楽しんでいただけたら満足ですとも」


 と、その場は御大尽のごとく振る舞ったらしいが、怒りのオーラは凄まじく、現場は全員顔面蒼白、関係者はカチンカチンに固まったのは想像に難くない。


 なんでも番組プロデューサーと司会者、鑑定人はしばらく「入院」と称して雲隠れしたということだ。

 

 

 

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