2018-01-01から1ヶ月間の記事一覧
「そんなことはない!」 私たちが叫ぼうとしたとき、会長がふと顔を上げた。 「ん?」 怪訝な顔で私たちを見る。 「え?」 「今誰かわしの背中を撫でたかの?」 「いえ……」 会長の椅子は私たちと少し離れた場所にあり、もちろん後ろには誰もいない。虚ろな表…
そのようなことを話していると、店のドアが開く音が聞こえ、店番の猫たちの甘えるような声も聞こえた。 「ごめんなさいよー!」 どうやら来客者は鬼太郎会長のようで、私がはーい、と飛び出す前に会長はすでに部屋まで来ていた。 「おおう、まあ揃いも揃って…
「やっぱり、それほどの価値があるんだ……」 私たちは件の茶碗が納められた古ぼけた箱を見つめた。 価値があるとは聞かされていたものの、それがどれほどのものなのかを実感する機会があまりなかった。 しかし国際的に狙われているということを聞かされた以上…
「こんなところでしょうか。他にある?」 私はそう言って両隣を見る。それを聞いたひなことふたばは口々に、私もそう思ってました、と応じた。 その様子を見ていた男たちは目で相談し合ったようだった。ボスが頷き、るり子姉さんが口を開いた。 「その内のい…
// ではみいこさんから――と話を振られ、私は話を始めた。 「いくつかわからないことがあります。それはるり子姉さんが以前この店が――たしか色んな筋から狙われている、と言ったこと。あの後の露敏君の指輪事件やら逢魔時堂の都市伝説やらで、このことなのか…
最所とふたばが新婚旅行へ飛び立ってから一週間後、帰国した二人はかのハリー・ポッターグッズを山のように買い込んできたのでしばし私たちはもちろんのこと、通りの皆もそのコスプレを充分に楽しんだ。 猫たちも各々、作中に登場する四つある寮のシンボルカ…
「それ以来咲良も、五人の娘たちもおらん」 「たくさんの犠牲者が出て変わり果てた姿で見つかった。しかし見つからんかった。五人の娘たちがいた置屋は、他の者は皆逃げたそうじゃ。五人の娘らは誰も見かけんかったと言うておった。――いや、自分の身と自分の…
「あの夜――」 少しの沈黙が訪れたあとにボスはまた口を開いた。 「山が崩れた」 「そうじゃ。予兆はあった。昼間から山鳴りがしとった。長老たちはこんな音は聞いたこともない、逃げろと言うた。若いもんは――わしらは、大丈夫じゃ、ちゃんと土留めもしてある…
あれらがどんな経緯で売られてきたのか知っとるもんはおらんかった。 この地には流れに流れてきたのじゃろう。その世界ではよくあることじゃった。 しかし、咲良にはもちろんのこと、あの娘たちもそんな世界にいたにも関わらずなんとも言えぬ品格があった。 …
「駒鳥? 駒鳥じゃと?」 ボスが呻くように呟いた。 「ひなちゃん、すまんがそれ全部読んでおくれ」 はい、とひなこがその歌詞を読み始めた。マザー・グースの中では異例なほど長いのだ。 朗読を続ける途中でボスの顔色が悪いのに気付いた。 「父さん、顔色…
「うーん、なんともはや」 ボスがうめいた。 「こりゃまた疲れるもんじゃのう。まだこの後二回もあるのか。いやいや、楽しみなことじゃな」 それを聞いたひなこと私は噴き出した。 「父さん、私たちは――いえ、少なくとも私は当分行きませんから」 「私も――ご…
こうしてすったもんだの末、ふたばと最所は結婚式を挙げた。 家族のみ立ち会った厳粛な挙式の後は、咲良さんの庭で流行りのガーデンウェデイングパーティーが行われた。 「誰でもウェルカム!」 という二人の希望のまま、それはそれは賑やかな祝宴となった。…
「ふーたちゃん! ひーなちゃん!」 やはりふたばはそこにいて、その側にひなこがいた。二人は子どものように足を投げ出し座っている。夜空を見上げながら座っている。 「いーれて!」 そう言って私もふたばの隣に座る。 「風邪ひくぞ、ふたりとも」 三人で…
「私は! 私はこう見えて剣道二段です!」 最所が顔を真っ赤にして叫んだ。 「ほう、そうじゃったかい」 ボスはそう言いながら件の釣書をガサゴソと引っ張り出した。 「あ、惜しいの。ラグビー男は空手三段じゃ」 「私は、私はこう見えて一応弁護士です!」 …
「他の皆さんは?」 「ああ、今ちょうどリビングでレッスン中なんですよ」 その答えに「じゃ、皆さんによろしく」とまた出ていこうとしたのだが、ドアの前にはるり子姉さんが立ちふさがっていて動こうとしない。 仕方なくデスクに座り、なぁーん、と擦り寄っ…
しかし、ないことはない。むしろ大いに有り得ることだ。そしてそれが正しいのであれば、ここのところのふたばのイライラがなんとなくわからなくもない。なんだ、そういうことか。 ぷりぷりと怒りながら店先に去っていったふたばを見送り、 「ひなちゃん、気…
それから一週間経ったが最所と京念は顔を出さない。 はじめのうちこそ体調が悪くて歩けないのじゃないだろうか、もしかしたら餓死寸前になっていないかと気を揉んだのだが、様子を見に行ってくれたるり子姉さんは 「放っておきなさい。ったく、なに考えてん…
ここで、この場所で私たちは運命のように出会い、そして心の中の欠けていたものを見つけたのだ。 それは紛れもなく私たちが欲していたものであり、一生手に入らないものと半ば諦めていたものでもあった。 「ボスに――お父さんにそう言おうね。ふたちゃんもき…
「さてさて、どう思う?」 ボスは私たちを見る。私たちも答えが出ない。誠に申し分のない縁組なのだ。学生時代にラグビー部でも活躍していたという青年は笑顔の爽やかな好男子でもある。 「うーん……」 ひなこが腕組みをする。 「みいこさん。みいこ姉さん、…
そんな折に例の吹き矢事件で道を外しかけ、心底手を焼き、手をこまねき心配していた一人息子を見事な形で更生させてから私たちに並々ならぬ感謝と尊敬の念を抱いている、例の馬井獣医師から「恐れながら……」とふたば宛に一件の縁談話が持ち込まれた。 あの事…
さて、しかし大きな変化がなかったわけではない。 それは私たち三人に次から次へと縁談話が持ち込まれてくることだった。全くどこで情報を仕入れてくるものか。お相手も年齢、職業、国籍が多岐に渡っており、始めのうちこそみいこさん、ひなこさん、ふたばさ…
ドアがコツコツとノックされ、ボスがうっそりと入ってきた。 「ほれ、わしが言うた通りじゃろ。この娘たちには、この手の話は不要じゃ。下手をすれば、そんなんじゃったら養子縁組の話は無かったことに――と言い出しかねん」 それはまさに図星だった。私はこ…
さてさて、ボスと正式に親子になった私たちだったが、明け暮れに特別の変化があったかと言われると殆どなかった。 相変わらず「ボス」「ひなちゃん」「ふたちゃん」「みいこさん」とお互いを呼び合い、みんなでわいわいとごはんも食べ、そしてお互いの自由時…
「ったく、これだから年寄りは困ったもんじゃ」 最長老でもあるやまんばばあさまが声を張り上げた。 「三人を見てみい。どう返事をすればいいもんか困り果てとる。ちったぁデリヘルちゅうもん持っとらんのかのぉ。変わらんのぉ、お前さんは」 「ばあさん、そ…
「ええ!?」 この声は私たちから漏れたものだ。そうだったのか――しかし思い返してみると確かに初日の面接時に「なぜひなこ、ふたば、みいこなのか」と尋ねた私に「歴代そうなのだ」と答えがあった気がする。しかし以前のひなこ、ふたば、みいこはどこに消え…
佐月さんが「うっ……」と嗚咽した。マスターが肩を撫でている。座はしーんと静まり返っていた。 最所の声は続く。 「そしてその後の悲劇についても、ここで蒸し返す必要はないものと思われます。ここにおいでの皆様方は、一日たりともお忘れになってはおらず…