逢魔時堂

逢魔時(おうまがとき)は昼と夜が移り変わる時刻。人の目が宵闇の暗さに順応する前の状態にある時間帯のことを言うのだそうだ。闇に慣れると人の目は宵闇の暗さに慣れ、暗闇の中でも物の形が区別できるようになる。それは、人の心の闇もまた。

2016-09-01から1ヶ月間の記事一覧

10.神かくし.3

さて、ハセガワがいなくなって三日目の朝。私は咲良さんの部屋のバルコニーへの戸を大きく開けてぼんやりと外を見ていた。 以前だとそこかしこに猫たちが遊んでいた庭も、夜半から降った雪にすっぽり覆われ、一層寂しさを増すようだった。 「え?」 思わず目…

10.神かくし.2

目撃情報はいくつかあった。 表通りの干物屋の前で香箱を組んでいたとか、稲荷神社の境内で思案にふけっていたとか。 しかしその辺りで情報は途絶えているのである。 ハセガワを見知っている目撃者たちはその後逢摩堂へ行くものだと思っていたらしい。 私た…

10.神かくし.1

「今日の昼食は……うーんと、七人分ですね?」 ひなこが事務所の頭数を確認している。 「えーっと、猫さんたちは――五人分かな? あれ? 今日はハセガワさんご欠席ですか?」 「あら、本当だ。今日は実家業務が忙しいのかな?」 毎度のことではあるが事務所は…

9.唐土の鳥.9

こうして見ると、本来閑古鳥が鳴く店へ品物を売りに行く。 あくまで保管が目的で。 後日必要なときに買い戻しに来る。 そのような貸倉庫のような役目を果たすはずだった逢摩堂は正月三が日はとてもではないがその状態ではなく、 仕方なし適当に置いてきた………

9.唐土の鳥.8

じっとその中身を見つめていたボスが目顔で最所と京念に頷く。最所はすぐ携帯を握りしめて店の方へ行き、京念は更科を椅子に座らせた。 そして私たちにいとも陽気に笑いかけた。 「お腹すきませんか? 何か食べるものってありませんか?」 私たちはすぐ厨房…

9.唐土の鳥.7

すなわちこの男の仲間の一人が、ヤバい何かが示されたメモが入っているという古ぼけた指輪を街外れの変な名前の骨董品屋に隠し、 その目印シールも貼り付けたのが「ココ」というわけである。 しかしそれらしい物は「ココ」の人々は誰も目にしてはいない。 「…

9.唐土の鳥.6

古ぼけた指輪をこの店のどこかに隠したというのは本当のことなのだと男は語りだした。 その指輪は宝石の部分がロケットのようになっていて、蓋を開けると小さな写真が収まるようになっているという。 しかしそこに収まっているのは写真ではなく、何かを記し…

9.唐土の鳥.5

五分後、男は事務所の床に座らされていた。 背後の大きな椅子にふんぞり返っているのはボスで、 そのまた背後には最所と京念が冷たい表情を浮かべて立っている。 ひなことふたばは男の真正面の長椅子に足を組んで座っているし、 私はデスクチェアにこれまた…

9.唐土の鳥.4

「エット……ワタシ、サガシテマス」 「エット…オバアサンノカタミ……」 うん、良かった。片言でも日本語はなんとか話せるようだ。 しかしこの話し方、変なリズムがあり、聞き取りにくいことおびただしい。 「オバアサン、ニホンノヒト。 ムカシ、コノミセニユ…

9.唐土の鳥.3

また逢摩堂の主人は自分はコスプレには参加しない、と意地を張っていたがひなことふたばがマフィアの親分風の古着を用意したところ、 すっかり気に入ったようで近頃は葉巻なんぞも咥えて私たちから「ボス!」と呼ばれて楽しんでいたし、 京念と最所も「でき…

9.唐土の鳥.2

鬼太郎会長が説明によると町内には通り猫が十三匹いて、各々がその実家の看板猫になっている。 その店をめぐって買い物をすると、各々その店の猫の「肉球スタンプ」を押してもらえる。 もちろん猫たちの肉球はあらかじめ機嫌のいい時に原型を押してもらって…

9.唐土の鳥.1

表初恋さくら通りコスプレ祭「百喜夜幸」は大当たりだった。 今後は市や県のバックアップもとり、年々その規模を大きくすると会長、副会長の鼻息も荒い。 このネーミングはひなこが甘酒に酔いながらこの字はどうだ?――と提案したその五分後には鬼太郎と目玉…

8.おおつごもりの客.7

ようやく酔いが醒めたらしいふたばは目の前で繰り広げられている妙ちくりんな世界に大喜びで、 写真やら動画の撮影に余念がなく、戻ってきたかと思うと 「わあ、来年は私たちも出ましょうよぉ」 と、かなり本気の声を出していた。 「会長、なんで声を掛けて…

8.おおつごもりの客.6

その後は気を取り直して私たちは一群となって『塀のむこう』へなだれ込み、刑部夫妻心尽くしのパーティーを心ゆくまで楽しんだ。 年明けのカウントダウン、そして新年はシャンパンの抜栓で祝い、 特別に用意してあったお子様用のシャンパンもどきのジュース…

8.おおつごもりの客.5

「すごい日になったわねぇ」 「もう、もう私たちの前途を祝福してるってことよぉ」 「しかも……あれでしょ? もしかしたらあれなんでしょ? この姉さんたち……」 「しっ! だめよ、それは言っちゃいけないのよ!」 「ねぇねぇ、いくらで売れるの、このネタ」 …

8.おおつごもりの客.4

さて、いよいよ大晦日。おおつごもりである。 お店の方は隅々まで綺麗に整えられてはいたが、もう一度私はとことん手を加えて磨き上げた。 年神様をお迎えする心の儀式のようなものだ。 同様にひなことふたばも以前と見違えるくらいきちんと整理整頓されてい…

8.おおつごもりの客.3

「今のお話ではお客様のお探しのお店がうちとは言い難いのですけれど……」 私はにこやかにお茶を勧めた。 「ただ、古物商の常として思い出のお品をその思い出とともにご購入させていただくということでは少し当たっているかもしれません。 ただ、その金額はこ…

8.おおつごもりの客.2

そんな折、カラン――というドアベルの音とともに普段は「なぁーんご」と可愛い声で愛想を振りまいてくれている猫たちがいつもと違う唸り声をあげているのに驚きながら私は慌てて店に出た。 店内をじろじろと見渡していたのは年齢の頃二十歳そこそこといったと…

8.おおつごもりの客.1

その客は暮れも押し迫った夕方に現れた。 師走中旬に改装オープンした逢摩堂の初日はド派手だった。 「表初恋さくら通り商栄会一同」の皆々様がシャッター通りの入り口からどん詰まりの逢摩堂までずらりとクラシカルな花輪を飾り立ており、 朝になって通りの…

7.表初恋さくら通り.6

どうも棈木氏は逢摩堂の主人を良く思っていないのは確かなようだった。 なんでも先代、先々代と金の力でかなり強気な商いをしてきたらしい。 「この通りにしたって……元々はお稲荷さんの裏参道としてそこそこ賑わっておったのに。 強引にあっちにアーケードを…

7.表初恋さくら通り.5

「やっぱり夢じゃなかったんです」 そう言うひなこの次の言葉は私たちをさらに驚かせた。 「私、来てます。昔、この通りに。この通りのこんな夜市に」 「おばあちゃんが連れて来てくれたんです。でも先日この通り歩いた時は、その時と全然違ってたから別の記…