逢魔時堂

逢魔時(おうまがとき)は昼と夜が移り変わる時刻。人の目が宵闇の暗さに順応する前の状態にある時間帯のことを言うのだそうだ。闇に慣れると人の目は宵闇の暗さに慣れ、暗闇の中でも物の形が区別できるようになる。それは、人の心の闇もまた。

2018-02-01から1ヶ月間の記事一覧

四月馬鹿.8

十分後にはすっかり元気になったのだが、それでも足音を忍ばせて恐る恐る事務所の戸口に戻った。三人でそっと耳を澄ますとカタカタの音は止んでいるようだ。 しかしその代わりにカリカリ、ポリポリという聞き慣れた音が聴こえてきた。そっと覗き込んだ私たち…

四月馬鹿.7

夕方、ささやかなリフレッシュタイムだったがすっかり元気になった私たちは逢摩堂へ戻り、しばらくすると上京組から第一報が入った。 「首尾は上々。追って詳細」 とある。まるで電報のようなメールである。 こう、なんていうか――もうちょっと具体的に書けな…

四月馬鹿.6

さて、いよいよの四月一日。 ここまで来たらあとは氏にお任せするしかないのは重々承知しているが、留守を守っている私たちは早朝から落ち着かないことおびただしい。 慎重なひなこがガラスの置物に躓いて割ったり、いつもにも増して丁寧に煮物の下準備をし…

四月馬鹿.5

明くる日、再訪した柊氏に私たちはすべてを白状した。 しばらく呆然と偽茶碗を見つめていた柊氏だったが、本物の在り処を尚も打ち明けられたあと爆笑していた。 「ああ、こんなに笑ったのは生まれて初めてです」 氏は眼鏡を外し、目尻を拭いながらまだ笑いが…

四月馬鹿.4

ボスがその箱を受け取り、開いて「これですじゃ」とごく自然に手渡そうとしてその手が止まった。 「ん?」 急いで残りの二つの箱も開く。 「ん?」「んん?」 ボスのその一連の動きの間に柊氏は最所に開かれたそれを見て 「すばらしい……」 と息を呑んでいた…

四月馬鹿.3

// とにかく、その会が開催されるまであと一月あまりしかない。自然な形でその場に加わる方法はないものか。 その御大尽が何者なのか、事件との関連性があるのかどうかは別問題としても、私たち全員の動物的な勘が動いたからには探りを入れたい。 ひとつには…

四月馬鹿.2

// 「それは……しかし、その方の身になれば大変なことですねえ」 京念も話を合わせた。 「やはり、それだけ奥深い世界ということなのでしょうねえ」 会長は茶碗を桐箱に戻しながら低い声音で吐き出すように言った。 「いや、あいつはどう見ても世間に憚る稼業…

四月馬鹿

さて、意外なことに新しい情報は京念からもたらされた。 それはここのところずっと「振り回されている」感が強い彼のクライアントの話題からだった。 古い馴染みの同業種からぜひとも、と紹介されたそのクライアントは、不動産業を幅広く手掛けている人物で…

語り継ぐもの6

// 折しも咲良さんの部屋も夕焼けに染まり、それが段々と群青に変化しだしたころ、庭の木戸口を開けて誰かが厨房の方へ小走りに急いでくるのが見えた。 「あ、麦ちゃんだ!」 それは忙しくなった「塀のむこう」が新しく雇い入れた娘さんで、コロコロとよく太…

語り継ぐもの5

つまり私の考えは、咲良さんの茶碗を追う一味と、駒鳥を忘れるなとメッセージを送ってきた人物は同一ではない。全く別の人物ではないだろうか、ということである。たまたま時期が重なったのではないだろうか。 しかしそうであれば誰が一体、なんのためなのか…

語り継ぐもの4

// そして私はもう一つの、これもずっと引っ掛かっていたことを話しだした。実はずっと感じていたモヤモヤをひなことふたば、咲良さんに聞いてほしかったのだ。 通りの衆も、件の茶碗についての知識はほとんど無いと言ってもよい。 それは夜咄の夜の驚きぶり…

語り継ぐもの3

// そうこうしている内にテーブルにひょいと飛び乗った小雪が茶碗の中の水をちょろちょろと舐め始めた。 「こら小雪。ちゃんとお水茶碗持ってるでしょ。そっちのお水を飲みなさい」 そう言いながら慌てて小雪を抱き上げた私はふと何かが心に引っかかったよう…

語り継ぐもの2

// 「いいのぉ」 しげしげと作品を見るボスにひなこは「単なる道具ですよ」と恥ずかしがったが、 「ひなちゃん、みんな道具として作られるんじゃよ。初めっから名品と呼ばれるものは無いんじゃないかの。作り手の目的は元々はそういうもんじゃないかの」 と…

語り継ぐもの

その後も話し合いは何度も開かれた。というよりかは、今やほとんど夕食を共にしている我々だったので食後のコーヒータイム、デザートタイムは咲良さんの部屋で、というスタイルが定着したに過ぎないのだが、みんなで車座になってはああだこうだ、と話し合う…