逢魔時堂

逢魔時(おうまがとき)は昼と夜が移り変わる時刻。人の目が宵闇の暗さに順応する前の状態にある時間帯のことを言うのだそうだ。闇に慣れると人の目は宵闇の暗さに慣れ、暗闇の中でも物の形が区別できるようになる。それは、人の心の闇もまた。

5.塀のむこう.7

「さあさあ、あんたたちも一緒に食べよ。わし一人じゃ食いきれん」
 
 昨夜のお礼やら、この引き戸棚の感想やら、偶然見つけたことにしたこの散歩道、
あるいは塀のむこうの話とか、座持ちの良さは抜群のひなことふたばが上手に盛り上げ、
また勧められたサンドイッチやロールパンの美味しさも手伝い、
私はもう何年もここでこうしているような気さえした。
無理なく笑っている自分に驚きすら覚えたものである。
 
 主人も、この二人のお喋りに目を細めながら美味しそうにコーヒーを飲んでいる。
ほんの一時間前、この部屋から足音を忍ばせて外に出たことは話さないでおこう。
ましてや第二倉庫で誰かと話していた主のことも。
 
「で、あの部屋に入ったそうじゃの?」
 
 突然水を向けられて口に含んだコーヒーで思わずむせ返りそうになったのだが、
当然といえば当然の質問である。
昨夜の報告を受けて主は今朝早く来たに違いないのだから。
 
「ええ、とても気に入りました。
で、どうでしょう? 昨夜最所先生と京念先生にもお話したんですけど、
お店の方もあんな感じでレイアウトしたいと思いまして……」
 
「どこが気に入ったのかな?」
 
「そうですね――部屋の家具ももちろん気に入ったのですが……
なんというか、あの部屋の品格みたいなものでしょうかね」
 
 この場は私に任すべきと思ったらしく、ひなことふたばは口を挟まない。
 
「品格かの?」
 
 ぽつりと呟いた逢摩堂の主人は目を閉じた。
 
「品格、かの……」
 
「はい、でも――ですから、あの部屋の物には手を付けたくないとも思ったんです。
あの部屋はあのままにしておきたいというか――あそこから何も持ち出したくないと。
それで、できればあそこにある物と似たような物をお持ちでしたら、と思いまして」
 
 主は口を閉じ、私は次の言葉を待った。
 
「絵が……あったじゃろ?」
 
「はい、とても綺麗な娘さんの絵――黒猫が膝にいて。
彼女の赤いリボンと黒猫のリボンがとても印象的で」
 
 また沈黙の時が流れた。
主人は言葉を探しているようだった。
 
「元気でいたかの? その絵の娘は」
 
 この会話をあまり奇異に感じなかったのは、
私自身が色々なものを擬人化するところがあるからだ。
 
 猫や犬、鳥などはもちろんのこと、花や木、風や雨、雪などに対しても人と同じように話しかけてしまい、
笑われたり呆れられたりをしょっちゅう経験しているからで、
絵の中の少女が元気だったかという質問にも違和感を覚えず、
ごく自然に私は答えた。
 
「ええ、お元気でした。まっすぐな視線の方、とても綺麗な方ですね」
 
 またしてもしばらく沈黙の時間が流れた。
自分の呼吸の音すらやたら大きく聞こえる。
 
「そうか――元気でいたか。あんたたちには会ったんじゃの。
わしは長いこと会えとらん。会ってくれん……」
 
 この言葉は独り言だったのか、心の中の思いが口に出てしまったのか。
私にはわからなかった。
 
「わかった。ではそれでやってみなさい。
あの部屋にあった家具と似たものを調達しよう。
そうじゃ、真ん中に置くのは古い楽器――ピアノあたりはどうじゃろの?」
 
 願ったり叶ったりだった。私も同じことを考えていたからだ。
 
 真ん中には古いグランド・ピアノ。
欲を言えば螺鈿か何かで装飾されたような、
そんなピアノが欲しいと思っていたのだ。
 
「それでは早速準備にかかろう。なるべく早く用意しよう」
 
 主はそう言って立ち上がり、あとはよろしく、とドアを開けかけ、またこちらを振り返った。
 
「わし、時々こっちへ来てもいいかの?」
 
 主のその声に私たちは
 
「当然です!」
 
 と声を合わせて応えた。
 
 主人は無邪気なほどの笑顔を見せ、
見送ろうと立ち上がった私たちに――そのまま、そのまま――と
手で制して部屋から出て行った。
 
つづく
 
 

 

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オリンピック、男子400メートルリレー。

日本すごいですね!!!!おめでとうございます!!

 

 

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