逢魔時堂

逢魔時(おうまがとき)は昼と夜が移り変わる時刻。人の目が宵闇の暗さに順応する前の状態にある時間帯のことを言うのだそうだ。闇に慣れると人の目は宵闇の暗さに慣れ、暗闇の中でも物の形が区別できるようになる。それは、人の心の闇もまた。

Who Killed Cock Robin? 5

「あの夜――」


 少しの沈黙が訪れたあとにボスはまた口を開いた。


「山が崩れた」


「そうじゃ。予兆はあった。昼間から山鳴りがしとった。長老たちはこんな音は聞いたこともない、逃げろと言うた。若いもんは――わしらは、大丈夫じゃ、ちゃんと土留めもしてある、と言うて気にもせんかった」


「――咲良は、咲良は心配した。他の娘たちは――そうじゃ、あのひと飲みに崩された斜面にあった置屋に住まいしとったから。あそこは危ない、こっちに連れてきてくれと、わしに縋りついて頼んだ。わしは大丈夫じゃ、と。心配するな、と。ちゃんと向こうは向こうで避難しとるからお前はここにいろと――まずお前が無事でいろと伝えた」


「――咲良はそれでも言い募った。他の誰が助けてくれるのか。あなたが行かないのなら自分ひとりでも行くと。いつも黙ってわしの言うとおりにしてきた咲良とは思えぬくらい一歩も譲ろうとはせなんだ。そして咲良はわしに、お行きなさい、と命令した」

 

「わしは……わしの若さと驕りがその圧倒的な態度に、咲良のその気高さに猛反発したのじゃ。――そう思わせてくれ。そして、そしてわしは決して言うてはならぬことを言ってしまったんじゃ」


 ボスはそこまで言って言葉を一瞬詰まらせたが、わずかに訪れた静寂のなかで、声を絞り出すように続けた。


「お前なんか金で買われてきたくせに! わしがお前を買ったのだ。お前に自由なんかない。――そうじゃ、わしは言うてしもうた」


 ボスはそう言い、すすり泣いた。


 私たちは誰も言葉を挟めなかった。まるでその運命の日の、その時間に空間がタイムスリップしたかのようだった。


 私たちは時空を越え、存在しない存在のままで息をするのも憚れるような想いでこの光景を見つめているようにさえ思われた。

 

「わしは決して――決してそのときの自分を許せん」


「咲良の顔色がさっと白くなったのを覚えておる。そして真っ直ぐにわしを見て――嘘つき――と叫んでそのまま嵐の中を飛び出していった。もちろん後を追ったよ」

 

 

 そしてまた空白な時間が訪れた。ボスが次の言葉を紡ぎ出す僅かな時間が途方もなく長い時間に感じられる。

 


「いや。正直に言おう。わしは正気に戻るのにしばらく時間が必要だったのじゃ。――放っておこうと。あれは頭を冷やしてきっとすごすご戻ってくる。そして許しを乞わしてやろうと――そんなことを考えたのじゃ」


「そのとき、今まで聞いたこともない音――地鳴りだけではない。まるで馬鹿でかい化物が声の限りに吠えるような音が聞こえた。その音を聞いてようやく正気に戻って後を追ったのじゃが、外は真っ暗闇じゃった。気が違ったように咲良の名前を呼びながらわしは走った。その様子を見た通りの衆がわしを羽交い締めにして止めた」

 

 

「さっき、咲良が娘らを助けてやってくれと同じように、まるで気が違ったかのように来たと言う者もあった。止めたのだ、と言うた。あの子らはちゃんと避難しておる、大丈夫じゃ、と言うたと。――じゃ、なぜあなた方はここにいる? なぜここにいて知らん顔をしている? 家族ではないのか? そう言っていたではないか――咲良はそう言うたそうじゃ。みんな、みんな嘘つきだ、と」


「止める手を振り払って咲良は去った。声の限りに呼び止めたのだ、と皆は口々に言った」

 

 

「そのとき、大きな雷鳴が響いた。追いかけようとしたわしは石に躓き、頭を打ったらしい。そしてそのまま気を失って――気が付いたときには、何もかもが終わっておった」

 

 

 

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