逢魔時堂

逢魔時(おうまがとき)は昼と夜が移り変わる時刻。人の目が宵闇の暗さに順応する前の状態にある時間帯のことを言うのだそうだ。闇に慣れると人の目は宵闇の暗さに慣れ、暗闇の中でも物の形が区別できるようになる。それは、人の心の闇もまた。

12.白黒.1

 早咲きの水仙を摘みに庭に出ていたふたばが、
真一文字に口元を結んで事務所へ走って帰ってきてはタオルをかき集め、
私とひなこに
 
「柔らかなタオルをなるべくたくさん! ケガしてる猫を運びます!」
 
 と一言告げるとまた飛び出していった。その後を最所と京念が続く。
 
 ひなこはすぐに大鍋にお湯を沸かしはじめ、
私はバスタオルを何枚も重ねてとりあえずのベッドを作った。
 
 程なくして戻ってきたふたばはそっとタオルの上に猫を横たえ、
恐る恐る覗き込んだ私たちは余りのことに言葉を失くした。
 
 タオルの上に横たえられたのはまだ小さな猫である。多分白猫だろう。
多分、と言ったのはほとんど毛色の判別がつかないくらい泥と血に塗れていたせいで、
もっと息を飲んだのは後左足に突き刺さった吹き矢のようなものだった。
 
「誰がこんなこと……」
 
 思わず出た言葉に「動物以下のものがやらかしたことです」と答えたふたばは黙っててきぱきと最低限の処置を施した。
見事な手際である。
 
 初めのうちこそ必死で抵抗していた子猫は、
そのうちその力も無くなったのかぐったりと横たわっている。
 
「とりあえずまた病院へ行きます」
 
 ふたばはそう言い、最所が用意した車にバスタオルごとそっと抱きかかえて乗り込んだ。猫が動くたびに新しい血が流れ出し、またもや弱々しくも必死の抵抗と鳴き声があがっている。
 
「動かないで、お願いだから。必ず助けるから。
ごめん、ごめんね。こんな目に合わせて」
 
 ふたばはそう囁くようにずっと話しかけていた。
その姿を見送り、私たちはまんじりともせず事務所で待機した。
 
 二人が戻ってきたのは二時間以上経ってからで、
 
「とにかく無事に吹き矢は抜けました。毒矢じゃなくてよかったです。
出血がひどかったのでとりあえずしばらく入院することになりました。
命はなんとか取り留めました――明日落ち着いたら諸検査です」
 
 その報告を聞いてどれだけほっとしたことだろうか。
事務所内の張り詰めていた空気が少しだけ和らいだ気がした。
 
 
つづく
 
 

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11.鬼も内.13

「ちょっとやりすぎたかな」と首をすくめながら店内に戻り、
私たちは皆の年の数の豆を分配した。
 
 もちろん猫たちにもきな粉にしてキャットフードに振りかけたし、
差し出された豆の多さにうんざり顔のボスには砂糖を絡めたお菓子にした。
 
 薄い桜色に染まった豆菓子は殊の外おいしそうで、ボスは大喜びしていそいそと咲良さんの元へも持っていったのだが、
第二倉庫の入口あたりで「うぉ!?」と声がした。
 
「どうしましたかぁ?」
 
 書き物やらパソコンでの作業やら片付けやらをしながら私たちはのんびりと声を掛けたのだが、
しばらく静かになり、またもや「うぉぉー!」と声がする。
 
 さすがに気に掛かり、
 
「ちょっと! ボスどうしたんですか!?」
 
 と今度は急いで駆けつけると部屋の真ん中でボスが突っ立っている。
お皿は抱えたままであった。
 
「どうしたっていう……」
 
 私も途中で声が止まった。
 
 なんとボスの持つ皿の中にある豆菓子がどんどん、みるみる減っていくのだ。
一粒ずつ、あるいは一掴み――。
私とボスは顔を見合わせた。
ひなことふたばもその様子にぽかんと口を開けている。
 
「なにこれ!?」
 
「一体全体……」
 
「どういうこと!?」
 
 私たちがそう叫ぶやいなや皿に残る最後の一粒が消え、少し間を開けて私の足を誰かがつついた。
思わず悲鳴をあげてしゃがみ込むと姿は見えないが小さな声が聞こえた。
 
「ぼく……食べられなかったの」
 
「――はい!?」
 
 姿こそ見えないものの、
どうやら子どもか何かがそこにいるようだ。
 
「大人がみぃーんな食べちゃった。
ぼく、食べられなかったの」
 
「……お豆のこと?」
 
「うん。食べたいよ」
 
「どれくらい作ろうか?」
 
 ふたばとひなこもその場にしゃがみこみ、
その見えない何者かに小声で尋ねる。
 
「みんなまだ食べたいって……。
あともうちょっと。
あと……やっぱり、いーっぱい」
 
 私たちはその某のリクエストを受け、厨房へ帰って残っていた豆を全部お菓子に作り変えた。
そして大きな皿に盛り付け、または小さな皿に盛り付けては床の所々に置いた。
 
 ぽりぽり、ばりばり。そしてクスクスといった笑い声が聞こえてくる。
くすくす笑いはその内にもっともっと嬉しそうな声に変わり、
部屋中がくっくっという幸せそうな声に包まれた。
 
 そしてふっと空気が変わり、また元の静寂に戻ったのだが私たちの心はそのまま暖かく、
そして無くなったはずの豆菓子はそのまま残っていて正直途方に暮れた。
 
 もっとも、豆菓子はそのまま雪庭に撒き、
「鬼さんたちのおすそ分けだよ!」と声を掛けると翌朝には全て無くなっていた。
そして私たちは空に向かってもう一言「またおいでねぇ!」と添えた。
 
 それから程なくして春一番が吹き、雪は跡形もなく消えて季節は大きな暦をめくった。
 
 
つづく
 
 
 

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11.鬼も内.12

 さて節分の夜。
 
 習わし通り柊の枝に鰯の頭を刺し、炒り豆を用意した私たちだったが、
いよいよ豆まきを始めようとしたときにひなこがぽつりと呟いた。
 
「追われた鬼さん、どうなるんでしょうか? 
外は雪が残ってるし……寒くないでしょうかね……」
 
「鬼パンツしか履いてませんよね……」
 
 ふたばが大真面目にそれに続いた。
 
 この二人、先日の「鬼も内」事件が余程心に残っているものとみえ、
以来「鬼」に関してはやたら叙情的に反応するのだ。
 
「でもこれは一応習わしだから……」
 
 私はそういいかけたのだが、その時点で寒風に晒され、ほとんど素裸で町の角々に足踏みしながら立っている鬼を呆気なく想像してしまって
「鬼は外」という言葉が出なくなってしまった。
 
 私たちは思わず顔を見合わせたが同時にお互いの想いがわかってしまい笑いだしてしまった。
 
「ま、いっか。なんでもあり~ですよ、この際!」
 
 そして通りに向かって大声で
 
「福は内! 鬼も内! 妖しも内! 
猫も狐も狸も、カワウソ、カッパ――えーっと、とにかくみんな内! 
寒いものたちみんな内!! 寂しいものたちもみんな内!!」
 
 いつの間にかシャッター通りもみんな大きく戸口を開けた。
 
「みんなみんな内! みんなまとめて面倒見るぞ~!」
 
 会長の声である。
 
「まとめて面倒見るぞー!」
 
 と、みんなで唱和する。
 
「帰ってこーい! みんなみんな帰ってこーい!」
 
 今度はボスのガラガラ声が音頭をとる。
 
「帰ってこーい!」
 
 またまたみんなで唱和する。
 
「ここは戻ってこれるところじゃぞ~!」
 
 ばあさまが声を張り上げた。
 
「戻ってこれるぞー!」
 
 唱和する声はまたまた大きくなった。
 
「はあちゃーん! 聞こえる~!? 帰っておいで~!!」
 
 私たち三人は尚も大声をあげる。
 
「ハセガワー! 帰ってこいよぉー!」
 
 最所と京念が叫んだ。
 
「帰ってこーい!」
 
「帰ってこぉーい!」
 
 誰一人として笑ってはいなかった。みんな大真面目だ。
 
 しばらくしてシャッター通りの入り口にパトカーが停まり、
渋い顔のるり子姉さんが走ってきた。
 
「ったく! こんなことだろうと思った。はいはい解散解散。
街外れから大声で叫ぶ声が聞こえる、何かあったのかって
苦情の電話がジャンスカ来てんの!!」
 
「ところで私の分もあるでしょうね!」
 
 そう言って豆をちらりと確認し、
 
「後で来るわよ!」
 
 と片目をつぶり、
 
「はいはい、解散解散。はいはい、なんでも来ていいのね、帰ってこいね、わかったわかった」
 
 そう笑いながら皆をなだめ、各々をシャッターに押し込んで慌ただしく去っていった。
 
 
つづく
 
 

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なんだかグッと寒くなってきちゃいましたね…

お体ご自愛くださいね。 

 

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11.鬼も内.11

「この作品の銘はご存知ですか?」
 
 私のその言葉に彼女は意外そうな顔をした。
 
「銘……?」
 
「銘なんてあったの? こんな名もない人のものに?」
 
「奥様のお父上はきっとたくさんの……色々な想い。
それは焦りだったり口惜しさだったり妬みだったり――そんな人間であったら誰しも持っている想いを全て、全て受け取り、受け入れて生きられたのだと思うのです。
そしてそれらの想いを愚かであるとも決めつけず。
むしろそうであるべきと」
 
 私の言葉に夫人は静かに頷きながら聞いていた。
 
「そしてその上でご自身を見つめるように、と。
この茶碗の銘は『鬼も内』と申します」
 
 彼女の唇が震えた。
 
「鬼も内……」
 
「すべてを受け入れ、受け取り、愚かでもよいと? 自分を見つめるように?」
 
「素晴らしいお父様ですね。お会いしたかった」
 
 私は黙って黒楽を黄金布で包み、
桐箱に納めて丁寧に真田紐を掛けた。
 
「このお茶碗はきっと奥様の元へ帰りたがっていることでしょう」
 
「……え?」
 
「お値段のつけようのない思い出話のお代金として、
このお茶碗でお支払させていただいてよろしいでしょうか」
 
 もはや外はすっかり日が暮れきっている。
 
 夫人の目からまた大粒の涙がほろほろとこぼれ落ちた。
 
***
 
 深々とお辞儀をして立ち去る彼女の後ろ姿が見えなくなるまで、
私とひなこ、ふたばはずっと見送った。
 
 また風に乗って小さな雪片が舞ってきた。
 
 明日は節分である。
 
 
つづく
 
 
 

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ちょっと短め更新です。

ハロウィンは楽しまれましたか~?

 

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11.鬼も内.10

「だから私は厄介者。きっと実家でも厄介者だったのね、私。
だから私だったのね。妹もいたのに……」
 
「私の一日はもっと忙しくなった。子守も増えたから。毎日毎日馬車馬みたいに働いて。
でも私も年頃になって内藤へ嫁に行った――いえ、行かされた。
伯父はそりゃあたくさんの支度をしてくれたわ。
お金にならず、倉庫に眠っていたガラクタの焼き物をごっそりとね」
 
 彼女は鼻先で笑った。
 
「それでも内藤の家は喜びました。それが目的だったんでしょうね。売ればお金になると思ったんでしょう。
でも売れない――売れたところで二束三文。
どれだけ嫌味を言われ続けたことか。
仲人口に騙された! なんの取り柄もない嫁だ! ってね」
 
 実は以前第一倉庫に夫人の伯父という人の作品がごっそりと床に積まれていて、
それをひなことふたばがボスの許可のもと処分したのを私は黙っていた。
 
 実際、素人目から見ても箸にも棒にも掛からない駄作だったのだ。
そしてその折に出てきたこの黒楽だけが残したいと思ったものだった。
 
「このお茶碗は……?」
 
 手に取った私の手から、彼女はその茶碗を素早く奪った。
 
「これ買いたいのよ! だから来たの。
一体いくらで仕入れたの? いくらだったら買い戻せるの?」
 
「お父様の作品とおっしゃいましたね? 
おいくらならお買上げになられますか?」
 
 私は静かに尋ねた。
 
「父は無名だった。でもね、これはね、私が嫁に行く前の夜に父がそっと持ってきてくれたものなの。
お前のために焼いたんだって。お前を思って作ったんだって。
私のために……なんていうものは今まで持ったことがない。
私のことを想って……
なんて今まで経験したこともない、私にとっては宝物なのよ! 
今となってはたった一つの形見なの。
私にとってこれは父そのものなの。
みすぼらしい、うだつの上がらない……でもそんな父の作品なのよ」
 
「なぜそんな大切なものをお手放しになられたのでしょう?」
 
 なおも静かに私は尋ねた。
 
「なぜ守ろうとなさらなかったのですか?」
 
 彼女は言葉にぐっと詰まったようだった。そしてぽつりと呟いた。
 
「恥ずかしかった」
 
「恥ずかしかったのよ。こんな惨めな作品しか持たせられない父の実家が恥ずかしかったのよ」
 
つづく
 
 

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11.鬼も内.9

「父は窯元の次男坊でした。あなた、ご存知でしょう? 
ああいう世界では一子相伝――長男が名跡を継ぎます。
たとえ長男より才能があっても次男や三男がその名を継承することはありません。
父はずっと冷や飯食いだった。
でも私は父の作るものが好きだった。
伯父が作ったものよりずっとずっと」
 
「私にとってはこちらの方が本物だった」
 
 夫人はそう言って目の前にある茶碗を見つめた。
 
「でもうちは貧しかった。私は伯父の家が羨ましかったわ」
 
「そう、羨ましくて妬ましくて仕方がなかった。
うちに無いものをみんな持ってたわ。富も名声もみんな。
うちはね、貧乏人の子沢山。私の下には妹が二人いた。
私の上には姉もね」
 
 夫人の声が震えた。平蔵を撫でていた手が止まる。
 
「母が死んだわ。父を内職で支えていた母だった。
苦労して苦労して、働いて働いていつも疲れてて。
病院へも行かず。もちろん寝てるところなんて見たこともない。
亡くなって布団に寝かされていて初めて寝顔見たわ。
あなたわかる? 貧しいってこんなことよ。
豊かになる者、どんなに頑張っても貧しさから逃げられない者。
始めっから勝負はついてんの」
 
 キッと私を睨みつける目が血走っている。
平蔵のごろごろという声が止まり、背中の毛が逆立った。
 
 そのまま一声鋭く鳴くと、さっと膝から飛び降り、走り去っていく。
 
「毛だらけよ! なんとかしなさい!」
 
「申し訳ありません。ただいま」
 
 粘着シートで彼女の膝の猫の毛を綺麗に拭った。
その様子を彼女は放心したように眺めていたのだった。
 
 しばらくの沈黙が店内を包んでいた。また、時は言葉を形にしたようだった。
 
「子どもがいなかった伯父夫婦は私を養女にしたわ。私はむしろ喜んだ。これで惨めな生活から逃れられるってね。
でもあの人たちが欲しかったのはタダ働きの女中だったの」
 
「朝から晩まで働かされて優しい言葉の一つもなく。
そしてひょこんと二人に子どもが産まれた。男の子だったわ」
 
 
つづく
 
 

 

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11.鬼も内.8

「いいお茶碗でしょう?」
 
 私はそう言って微笑んだ。
 
「私、大好きなんですよ。
大らかで優しくて……大地のようにゆったりしていて」
 
 夫人の目からまた新たな涙がこぼれ始め、戸惑った。
しかも今度の涙は前とは違う。
大きく目を見開いたまま大粒の涙がほろほろとこぼれている。
 
「今お持ちしますね。それから新しいお茶も」
 
 棚に置いてある黒楽の茶碗を夫人の手にそっと手渡し、奥の暖簾を分ける。
そこには案の定ひなことふたばが心配そうに立っていた。
 
「温かい……そうね、ミルクティをお願い」
 
 二人にそう声を掛け、夫人の座るブースへとまた戻る。
 
 夫人は茶碗を両手でそっと抱きしめているかのように持っていた。
それから私へ視線を移し、
 
「これ、父の作品なの」
 
 そう呟いた。
 
「父が私のために作ってくれた茶碗……」
 
 また夫人の口からその言葉がこぼれたとき、
ふわりと心地の良い香りがするミルクティを運んできたひなこが夫人の前に並べながらそっと口添えをした。
 
「本当に温かい気持ちがこもったお茶碗ですね。
よろしかったら召し上がってください。冷えてきましたから……」
 
 ひなことともに、いつの間に来たのか平蔵が夫人の足元でにゃあんと鳴いた。
 
「あら、申し訳ありません。
平ちゃん、だめよ。奥へ行ってらっしゃい」
 
 私がそう言って平蔵を持ち上げようとしたとき、
茶碗をそっとテーブルに置いた夫人が「おいで」と平蔵を膝に乗せた。
 
「いい子ね。あったかい」
 
 そう言って優しく撫でた。
 
「お前はいいわね。
何もしなくても大事にしてもらえて。
可愛がってもらえて」
 
「そうですね」
 
 私もテーブル越しに平蔵の頭を撫でた。
 
「でも、それは奥様がこの子を大切に扱ってくださるからですよ。
愛しいと思ってくださっているからです」
 
「そのお気持ちが伝わるから、この子も安心していられるのだと思います」
 
「そうかしら……」
 
 
 夫人はなおも平蔵の艶やかな体を優しく撫でる。
――急いではいけない――私は自分にそう言い聞かせた。
この人の言葉として紡ぎ出すこともできなかった思い出が今少しずつ形になり始めているのだ。
 
つづく
 
 

ポケモンGO、ハロウィンイベント以降接続障害が起こっているようですね。

インターネットコンテンツの加熱がすごいですね。

 

 

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