逢魔時堂

逢魔時(おうまがとき)は昼と夜が移り変わる時刻。人の目が宵闇の暗さに順応する前の状態にある時間帯のことを言うのだそうだ。闇に慣れると人の目は宵闇の暗さに慣れ、暗闇の中でも物の形が区別できるようになる。それは、人の心の闇もまた。

四月馬鹿.5

 明くる日、再訪した柊氏に私たちはすべてを白状した。


 しばらく呆然と偽茶碗を見つめていた柊氏だったが、本物の在り処を尚も打ち明けられたあと爆笑していた。


「ああ、こんなに笑ったのは生まれて初めてです」


 氏は眼鏡を外し、目尻を拭いながらまだ笑いが収まらない様子だ。


「本当に申し訳ありません」


 平身低頭の私たちに


「いやいや、まったく騙されました。ああおかしい。しかも猫のご飯茶碗になっているとは。本当にあなた方は面白すぎる」


「取り替えていたこともすっかり忘れていて――気付いたときにはあんな状態で。騙すつもりは全く無かったんです。本当に申し訳ないことをしました」


 眼鏡を掛け直した柊氏は咳払いをひとつして口を開く。


「そうですな。確かに無礼な話ですな。うーん、これは――私も皆さんのお仲間にどっぷりと入れていただくしかこの笑いは――いえ、怒りは収まりませんな。いかがでしょう、次の会で私がこの茶碗を出品して奴の反応を見るというのは」

 


 実はその展開になるのが一番望ましいというのは私たちの中の話の中で何度も出たのである。


 しかしそこまで迷惑をかけるわけにはいかず、下手をすれば柊氏に危害が及ぶことになりかねない。そんなことは絶対に避けねばならない。


 まして偽物とわかっている今の状態で、どこまでしらを切ることができるのか、この謹厳実直を絵に描いたような人物にそこまでの演技力を求めるのはいかがなものなのか。


 私たちの一瞬の沈黙を見透かすように柊氏はにやりと笑った。


「ご心配には及びませんよ。実は私、若い頃は役者を志して家出した過去があります。残念ながら親父が病気になって泣く泣く家に戻りましたがね。でもその過去があるから堅物と呼ばれる人物を演じ続けてこられたというわけです。ようやくその役目も終わりました。そろそろ昔の夢を実現してもいいでしょう。どうでしょう――稀代の詐欺師の役、私にやらせてもらえませんかな」


 そう言い切った柊氏の瞳はまるで少年のようにいたずらっぽい。

 


 運命の日まであと一週間、ランチを兼ねた会議のメニューは大皿に盛り付けたおむすび、お新香、そして豚汁だ。


「これこれ! こういう食事がしたかった! 気取った会食もいいけどね。毎日だと飽き飽きする。ああ、体が喜んどります」


 柊氏はそう話しながらおむすびを六つ平らげ、その食欲に私たちは唖然とし、それと同時に逢魔時堂ファミリーに新たなメンバーが加わったことを実感した。

 

 

 

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