逢魔時堂

逢魔時(おうまがとき)は昼と夜が移り変わる時刻。人の目が宵闇の暗さに順応する前の状態にある時間帯のことを言うのだそうだ。闇に慣れると人の目は宵闇の暗さに慣れ、暗闇の中でも物の形が区別できるようになる。それは、人の心の闇もまた。

10.神かくし.1

「今日の昼食は……うーんと、七人分ですね?」
 
 ひなこが事務所の頭数を確認している。
 
「えーっと、猫さんたちは――五人分かな? 
あれ? 今日はハセガワさんご欠席ですか?」
 
「あら、本当だ。今日は実家業務が忙しいのかな?」
 
 毎度のことではあるが事務所は相変わらず賑やかである。
 
 最近では週に二、三日は昼食時に「巡回です」という名目のもと現れるるりこ姉さん。
もっとも今はあの似合いすぎる女装はしていないのだが、
私たちは全員そう呼び続けている。
 
 そして「逢摩堂食堂」をこよなく愛するボス、京念、最所。
レギュラーの猫たちはいつも平蔵とハセガワを筆頭として五匹から七匹。
 
 そんなこんなで昼食時はまるで社員食堂の様相を呈している。
ボスいわく「大勢で食べると健康にいい」ということなのだが。
 
 私とひなこ、ふたばはこの逢摩堂を狙っている「なにか」がまだ解決しておらず、そのために彼らはことさら大げさに外に向けて存在感を示しているのだろうと推察していた。
 
 それにしても最所と京念はちゃっかり事務所に専用のデスクもいつの間にか設置して完全に第二事務所として陣取っていたし
広いはずの事務所はまさに寄り合い所帯のような状態である。
しかもここのほうが仕事がはかどるなどと惚けたことを言っている。
 
 さて、そんな昼食時に店の方から「こんにちはあ」と声が聞こえた。
この声はハセガワの実家、黒猫家の主人夫妻だ。
慌てて店の方へ飛び出していくと
 
「ああ、皆さん。いつもハセガワがすっかりお世話になって。
これ、おやつに皆さんで召し上がってくださいまし」
 
 差し出されたのは見事な塗の重箱で、蓋を開けると美味しそうな和菓子が綺麗に並んでおり、私たちは歓声をあげた。
 
 重箱を包んでいた風呂敷を畳みながら、奥方は申し訳無さげに「今日もお邪魔しておりますんでしょ?」と言う。
 
「え?」
 
 私たちは顔を見合わせた。
 
「今日はまだ……」
 
 黒猫家の主人夫妻によると、今朝は少し遅れたお年玉代わりに真っ赤な首輪を付けてやったところ、
尻尾をピンと立てて気取っていそいそと出かけるのをマンションの角で笑いながら見送ってやったのだということだった。
 
 いつもであれば逢摩堂に現れて他の猫たちと一日過ごし、また夕方になるとまっすぐマンションの自宅へ戻り、
夜は店の看板猫としてお客に愛想を振りまくというのが日課のハセガワだった。
 
 朝出かけたままということは、かれこれ昼過ぎの今の時間まで、およそ五時間近く寄り道をしていることになる。
 
 黒猫家の主人夫妻にはとにかく自宅でハセガワの帰りを待ってもらうことにして私たちは交代で情報を集めるべく行動を開始した。
 
つづく
 
 

こんなんあるの知ってました?

このシリコンバッグひとつでパンを作ることができちゃいます!

どうしても台所が汚れがちなパン作りもこれがあれば汚れる心配なし!

 

 

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9.唐土の鳥.9

 こうして見ると、本来閑古鳥が鳴く店へ品物を売りに行く。
あくまで保管が目的で。
後日必要なときに買い戻しに来る。
 
 そのような貸倉庫のような役目を果たすはずだった逢摩堂は正月三が日はとてもではないがその状態ではなく、
仕方なし適当に置いてきた……というのがあらすじらしいのだ。
 
 これもそのメモの重要性を全く知らない輩だからこそしでかしたことで、まだ猫たちのおもちゃになって店内に留まっていたから良かったものの
ゴミ扱いされて捨てられたり、あるいは売れてしまったりしたら――
とは思わなかったものか。
 
 どうもその辺りにはもっともっと謎がありそうなのだが堅気の私たちにはその説明で一応納得してみせた。
 
***
 
 うどんを食べ終わったところで、るりこ姉さんは更科を連れて署に戻るということになった。
もう一度ゆっくりと話を聞くことになるのだそうだ。
 
 ただ、そのメモが記した場所はあらかじめ予想されていた通りの所だったということで、
今頃現場は大捕物になっているはずだと、つけまつ毛のない目で軽くウィンクし、
更科を急き立てて立ち上がったのだが突然
 
「ねえ、明日の朝って七草粥つくるの?」
 
 と聞いてきた。
 
「もちろん作りますよぉ」
 
 ふたばがそう答えると、
 
「ねえ、あたし明日非番なの。食べに来てもいい?」
 
「もちろん!」
 
 私たちは言葉を揃えた。
 
「で、落ち着いたら、いつか私の思い出話を買ってくれる? みいこさん?」
 
「もちろん、喜んで」
 
 もうすっかり夜は白々と明けかけており、
厨房からはふたばとひなこの笑い声と七草囃子が聞こえる。
 
「ななくさなずな、唐土の鳥が日本の土地へ渡らぬさきにストトントンとたたきなせえ」
 
「ななくさなずな、唐土の鳥と日本の鳥が渡らぬさきに七草囃すおてこてんてん」
 
 
つづく
 
 

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9.唐土の鳥.8

 じっとその中身を見つめていたボスが目顔で最所と京念に頷く。最所はすぐ携帯を握りしめて店の方へ行き、京念は更科を椅子に座らせた。
そして私たちにいとも陽気に笑いかけた。
 
「お腹すきませんか? 何か食べるものってありませんか?」
 
 私たちはすぐ厨房へ移動することにした。ごっこ遊びはどうもこれでおしまい。
ここからは堅気の店の我々が関わらないほうがいいらしい。
全てが解決したらきっと納得できる説明をしてくれるに違いない。
 
「温かな鍋焼きうどんはいかがですか?」
 
「あ、それすごくいいですね。じゃあ八人前お願いします」
 
 ん? 八人前? 更科も含めて七人。ということはまだ誰か現れるということなのか。
思わず顔を見合わせたが、とりあえず八人分の夜食作りを開始する私たちだった。
 
 棚の扉を閉め、厨房に入った途端ひなこが嘆息をついた。
 
「ふうちゃん、みいこさん、ここって……」
 
「うん」
 
「ここって、まったく……」
 
「うん」
 
「腹が立つほど……」
 
「うん」
 
 しばらく沈黙したひなこが思い切ったように言った。
 
「まったく、腹が立つほど、バカバカしくなるほど退屈しませんよね!!」
 
 私たちは爆笑した。本当にひなこの言うとおり閑古鳥どころか毎日毎日何かしら事件が起きる。
そのうえ、私たちは『塀のむこう』の奥方、佐月さんの話の続きもまだ聞いていないのだった。
 
 
***
 
 
「そろそろお持ちしてもいいですか?」
 
 と声をかけると、
 
「お願いします」
 
 と返事があり、三人がかりで夜食を持って事務所へ入ると確かに一人見慣れぬ男が加わっている。
背の高い、ひょろりとした若い男だ。
ちらりと見ると笑顔で軽く頭を下げた。
なかなか好印象である。
 
 ひなことふたばの工夫で、うどんには柚子の皮がすりおろしてあり、
蓋を開けるとふんわりと美味しい香りの湯気が立ち上った。
 
「うん、うまそうだの。相変わらずうちの姐さんたちの手料理は最高だの」
 
 ボスが嬉しそうに箸を取り、
 
「さあさ、温かいうちに食べよ食べよ」
 
 の呼びかけに「はーい!」と更科が真っ先に返事をした。
 
「あ、その前に紹介だけしておきます。こちら友引警察署の――」
 
 そこまで最所が言ったところで更科がぎょっとした顔で箸を止めた。
そのまま立ち上がろうとする肩をうどんを食べながら押さえた男は
 
「はじめまして……と言いたいところだけど、本当は三回目。
ちょっと遅くなったけど約束通り来ましたよ、姐さんがた」
 
 そう言ってにやりと笑った。
 
「私、友引警察署の瑠璃光 誠。またの名をるりこ姉さんと言います」
 
 箸を持ったまま立ち上がったのは私たちの方であった。
 
 ボスと最所、京念はすでにるりこ姉さんからある程度の情報を聞いていたらしい。
正月後、何らかの変わったことがあったら必ず知らせるように、と。
 
 なるべく巡回も怠らないようにはするが、店内の様子まではなかなか見守ることはできないし、
多分それは一般客と区別がつかない人物が仕掛けるはずだし、またそれがどんなものかもわからない。
もし何か売りに来るような客がいたらすぐ知らせてほしい。
 
 一日に来店する客もたかが知れている店であればこそ容易に対応できうることであったのだ。
 
 ところがボス、最所、京念、るりこ姉さんが予想だにしなかったことは正月からこっち、閑古鳥の大群の住処であったはずの逢摩堂が一躍観光スポットとなり、
超繁忙店へ劇的変化を遂げてしまったことで、
これはいつどんな客が来店していても全くわかりはしない。
 
 客に紛れて実は私服も何回か来店していたらしく、
部署には「猫のヒゲ」が何本か麗々しく飾ってあるそうだ。
 
 また、三人の男たちのみ情報がもたらされていたことに対しては、私たちにより自然にその人物と接してほしかったという言い訳だったし、
そのためになんだかんだと理由をつけてボスたち三人はずっとこちらに詰めていたという言い分だった。
 
 るりこ姉さんは内偵で来店した折に、
思いの外しっかりしている、あるいはしっかりしすぎている私たちを見て却って心配になり、
ボス、最所、京念に知らせていたのだという。
 
つづく
 
 

そろそろ温かいものが美味しい季節になってきました。

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9.唐土の鳥.7

 すなわちこの男の仲間の一人が、ヤバい何かが示されたメモが入っているという古ぼけた指輪を街外れの変な名前の骨董品屋に隠し、
その目印シールも貼り付けたのが「ココ」というわけである。
 
 しかしそれらしい物は「ココ」の人々は誰も目にしてはいない。
 
「ねえ、ちょっと聞きたいんだけど、それ見つからないととってもマズイことになるの?」
 
「それは『ココにとって』マズイことになるの?」
 
「具体的にどんなマズイことになるの?」
 
 私たちは矢継ぎ早に質問を浴びせた。
というかなぜそんなマズイことにならなければならないのだ。
この堅気の店が。
堅気の店にマズイことを勝手に持ち込むんじゃない。
 
「おうおう、そういえば……」
 
 ガラガラ声でボスがいきなり声を出した。
 
「そうじゃそうじゃ、きっとアレじゃ」
 
 と、事務所を出ていく。
それがあまりにも唐突過ぎて更科露敏なる男はもちろん、
私たちもぽかんとその後姿を見守っていたのだが、店の方から
 
「おーい、誰か長い棒かなんか持ってきてくれんかぁ」
 
 というボスの号令が掛かり、私たちは男もつれて全員で店へ移動した。
店では棚と棚の隙間をボスが覗き込んでいる。
 
「ありゃありゃ、またこんな隙間に入れてもうて……あれじゃあれじゃ」
 
 よくよく目を凝らすと、棚と棚の、そして壁との隙間に何かが転がっているようだ。
 
「いやいや、二、三日前猫たちがみんなで楽しそうに転がしとってな。なにかよくわからんまま遊ばしとったら隅っこへ入ったんじゃろう。
平蔵とハセガワが取ってくれってにゃあにゃあ言うとったが、ワシも面倒じゃったから他の物出してごまかしておったんじゃ。
そのとき何か見慣れんもんで遊んどるなあ、とは思うておったんだけどな」
 
 そこからは棚を片付けてずらし、やっとご対面となったものは男の言うとおり古く、なかなか凝った作りの指輪であった。
 
 日本のものではないのだろうか。宝石をはめ込んだ金属細工がなされている小さな蓋を開けると、そこには写真とか小さな絵でも収まるようになっているらしい。
で、今回の場合は「ヤバいメモ」だ。
 
 私たちはその指輪自体が爆発物であるかのごとく棒の先に引っ掛け、
恐る恐る事務所へ運んだ。
 
 事務所では白い手袋をはめたボスがルーペを出し、私たちはぐるりとボスの回りを取り巻いていた。
その輪の中には更科も加わっていたのだがボスの一睨みでまた床にしゃがみ込んでしまった。
 
 ピンセットで蓋の金具をそっと押すと、ぴん、と微かな音が聞こえた。
その他の物音は一切せず、事務所の中は水を打ったように静かである。
 
つづく
 
 

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9.唐土の鳥.6

 古ぼけた指輪をこの店のどこかに隠したというのは本当のことなのだと男は語りだした。
その指輪は宝石の部分がロケットのようになっていて、蓋を開けると小さな写真が収まるようになっているという。
 
 しかしそこに収まっているのは写真ではなく、何かを記したメモが入っているのだという。
そのメモが何なのかは本当に知らないのだと男は言い張った。
 
 しかもその指輪自体しっかり見たことはなく、ただそう説明されただけなのだという。
 
 とりあえず正月に行った田舎の街外れの、変な名前の骨董品屋に隠した。非売品のシールを貼って。
それを探し出してそこで落としたとかなんとか言って返してもらってこい。
場合によってはちょっと脅してもいいから――と。
 
「仲間の一人が、店がごった返してるときにここに確かに置いてきたって言うんす。
忘れもんとしてたぶん保管っていうんすか? 取ってあるだろうし、あんな古ぼけた指輪、誰も欲しがるやつおらんだろうから多分そのままのはずだって。
どうせチェックなんかもしていないだろうって。
で、オレ、お前行ってこいって言われて――必ず取り戻してこいって。
じゃなきゃ新しいラッパーと交代だって言われて――」
 
 なんだ、その程度のことか。
私たちが顔を見合わせたとき最所が厳しい声で言った。
 
「なに寝呆けたこと言ってやがるんだてめぇ! 
チェックもしないって三人の姐さん方に失礼だろうが!」
 
「ごっごめんなさい! ごめんなさい!! 
でもオレ本当によくわかんないんすよ! 
ただそのメモだかに何か大切なことが書かれてるみたいなんす。
なんか、ヤバい取引の場所かなんか……」
 
「オレたち練習する場所、無くて、空き倉庫無断で使ってたことあって……
で、持ち主に見つかったんす。
どっかのヤバい兄さんたちで、リーダーがそん時ボコボコにされて。
でもそん時に何か向こうの頭みたいなやつが――こいつら使おう――とかなんとか言って。
で、その指輪オレらにどっかへ置いてこいって。
で、六日以内にまた持って来いって。
絶対お前らが持ってるんじゃねぇ、どっか人が来ないような店の棚にでも置いとけって。
物を隠すときは物の中に、だって。それが一番だって。他の奴らが、さすが兄貴、とか言ってました」
 
つづく
 
 

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9.唐土の鳥.5

 五分後、男は事務所の床に座らされていた。
 
 背後の大きな椅子にふんぞり返っているのはボスで、
そのまた背後には最所と京念が冷たい表情を浮かべて立っている。
 
 ひなことふたばは男の真正面の長椅子に足を組んで座っているし、
私はデスクチェアにこれまた足を組んで座っていた。
 
 どう見ても堅気のアンティークショップの事務所内の風景とは程遠い。
 
 奇妙な沈黙がしばらく続いた。ふと気づくと男を除く全員が私の方を見ている。
ボスに至っては口の動きだけで「やれ! やれ!」と言っているようだ。
 
 この役は私がするのか? 全員の目がワクワクしている。
あなたたちはまったく! 仕方がない奴らだ。
 
「で。さっさと吐きな」
 
 うん、我ながら上出来である。
 
 ボスは葉巻を咥え、最所がライターをカチリ――シュボ、といい音を立ててすかさず火を点けた。
ほお……と煙を吐き出すと例のガラガラ声で
 
「この姐さんら、気が短いからのぉ……」
 
 と一言呟いた。
 
 俯いていた男はハッと私を見た。じっと私も彼を見返す。
 
「ショージキニハナシタラ、タスケテクレマスカ? オバサン」
 
 おばさん……? 
私の声がまた一段と冷たくなったのは言うまでもない。
 
「つべこべ言わずにさっさと吐きな。それからじゃ」
 
 そこにふたばが追い打ちをかけた。
 
「下手なラップでごまかしてんじゃないよ!」
 
 ひなこが黙ってCDの音量を上げた。
圧倒的なボリュームで流れたのはゴッド・ファーザーの『愛のテーマ』で、
いささか設定が古いとは言うものの意気は十分すぎるほど上がった我々であった。
 
 自称ラッパーの男は更科露敏(さらしな ろびん)と名乗った。
所属するのはシルバーフォックスという知らない人は知らないだろうけど知っている人は知っている、というバンドの一員だそうだ。
 
「年末年始、ここの通りのコスプレイベントにも参加したんすよ。もう若い子たちがキャーキャー言って」
 
 自慢げに更科は話し始めた。
 
「でもオレ、風邪ひいてて出れんかったんす。残念だったっす。
来年もやるっすかね? 来年はもうオレ、絶対絶対何があっても出るっす!」
 
 ははあ、私たちが見逃した銀狐コスプレの一団とはこいつらのことだったのか。
しかしこの調子では話がなかなか進まない。
 
 ちらりとひなことふたばを見ると二人は頷き、男の前にしゃがみ込んだ。
 
「で。指輪ってなんのこと?」
 
「で。消されるってどういうこと?」
 
「わ、すみません。話します話します! ごめんなさい!」
 
つづく
 
 

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9.唐土の鳥.4

「エット……ワタシ、サガシテマス」
 
「エット…オバアサンノカタミ……」
 
 うん、良かった。片言でも日本語はなんとか話せるようだ。
しかしこの話し方、変なリズムがあり、聞き取りにくいことおびただしい。
 
「オバアサン、ニホンノヒト。
ムカシ、コノミセニユビワ、ウッタイイマシタ」
 
「ニタユビワ、ココデミツケタ イウヒトイマシタ。
ソノヒト、メジルシツケタ イイマシタ、コレデス」
 
 先程彼が剥がしたシールを私に見せてきた。
なるほど、丸いシールの真ん中に『ココ』と書いてある。
 
「ユビワ、カイモドシタイデス。ドコアリマスカ?」
 
 ちょっと待った。うちには指輪など置いていない。
 
 始めから貴金属の類いは扱っていないし、そもそも店内のレイアウトはすべて私が行っているのでどこに何があるかも大体把握している。
 
「お探しの品はうちにはありません。残念ですがお店をお間違いなのではないでしょうか」
 
 私はこの日本語が不自由らしい、祖母は日本人だとかいう青年に優しく言った。
 
「私どもの店では貴金属――指輪とか時計とかは扱っていないんですよ」
 
「ソンナハズアリマセーン。サガシテクダサイ。
ワタシ、ワザワザキマシタデス」
 
 なおも食い下がる彼はこう続けた。
 
「ミツカラナケレバ、ワタシ、ケサレマス。
オネガイシマス。ハヤクダシテクダサイ」
 
 再び――ちょ、ちょっと待った――。である。
あんた何言ってんですか。ケサレル――消されるなんて物騒な。
しかし青年の目はあくまで必死だ。
 
「ですから、先程も申しましたが――」
 
 私が言葉を止めたのは、いつの間にか青年の手にはナイフが握られていたからだ。
そして日本語が不自由だったはずの青年は低い声で
 
「さっさと出しな。命が惜しくねえのか」
 
 と小声で呟いた。
 
「仲間がここに隠したって言ってんだよ」
 
 命の方は大いに惜しい。しかし心当たりは全く無いのである。
 
 ここに至ってぞわりと背筋が寒くなったが、それでもさほど恐怖心が湧かなかったのは言った本人が私より震えていたせいで、
しかもよくよく見るとナイフはおもちゃなのだった。
 
 しかもタイミングが悪いことにガランとドアが開き、
現れたのは今日はまた一段と念入りに研究に研究を重ねてそれらしい装いをした逢摩堂主人改めボスと最所、京念トリオで。
 
 あちゃぁ……と私が思う間もなく男は頭を抱え、その場にへたり込んだ。
 
「タスケテ。イノチダケハトラナイデ、ケサナイデ」
 
 おもちゃのナイフがコトン――と薄っぺらい音を立てて床に転がった。
 
つづく
 
 

今年も新米の季節ですね~♪

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