逢魔時堂

逢魔時(おうまがとき)は昼と夜が移り変わる時刻。人の目が宵闇の暗さに順応する前の状態にある時間帯のことを言うのだそうだ。闇に慣れると人の目は宵闇の暗さに慣れ、暗闇の中でも物の形が区別できるようになる。それは、人の心の闇もまた。

夜咄6

 そこに待っていたのは佐月さん、雪女おばさん、やまんばばあさまと、後は白いエプロンをした美容師さんが三人、そしてみんなにこにこと手招きをしている。


「え? なんですか?」


 狐につままれた表情の私たちに


「さ、お支度お支度」


 佐月さんは楽しげにそう言って笑った。


「器量良しの娘さんたちだから衣装選びの楽しかったこと」


 雪女おばさんが微笑んだ。


「さあさあ身ぐるみ脱いでおくれ」


 私たちは否応もなく浴室へ追いやられ、二時間後にはすっかり美しい和服を纏って鏡の前にいた。


「できたできた」
「本当に綺麗」
「ぴったりじゃったの」


 佐月さん、雪女おばさん、やまんばばあさまが母のように、伯母のように、祖母のように私たちを見て涙ぐんでいた。


「あの、これは一体……」


 ようやく私が口を開くと、それまで黙れだの動くなだの言われた通りに、と質問すらできない雰囲気でなにがなんだかわからないまま、とにかく言いなりになっていたのだ。


「逢摩さんからのプレゼントですよ」


 佐月さんがそう言って微笑んだ。


「今日はお披露目ですからね」
「本当に嬉しいわ」
「うんうん、めでたいの」


 なんだか要領を得ない。確かに今日はめでたい快気祝いだし、黒猫家茶室のお披露目だし会食には通りのお歴々も招待してあるしだが、私たちはあくまでお手伝いであり、裏方のはずなのだが。


「今にわかりますよ。さあさあもうすっかり支度はできた。先に黒猫家へ行っててくださいな。私たちもすぐ後から行きますからね」


 佐月さんがてきぱきと語り、ドアを開けて「エスコートさぁーん」と声をかける。


「はーい」と現れたのは、おなじみの京念、最所、るり子姉さんで、今日は三人ともビシっとこれまた和装で決めていた。


 やまんばばあさまは三人をジロジロと見つめ、


「ふん、七五三みたいじゃがよしとするか」


 と憎まれ口を叩いたが、三人三様各々とてもよく似合っている。後で聞いた話によるとボスの若かりし頃のものだそうで、いかにも上質なものであることはすぐわかった。私たちの衣装は雪月華のイメージで選んだらしく、一番若いふたばは辻が花の美しい振り袖で、それを見たるり子姉さんは


「いいわねえ……」


 と心から羨ましそうに見る。


「こんなの、一生着ることないって思ってた……」


 ふたばがぽつんと呟き、ひなこも品良く月を染め上げた自分の衣装をそっと整えている。


 私自身もそうだった。和服に袖を通すことなど生まれて一度もなかった。成人式も確かスーツだったと記憶している。自前で購入しようと思えばできたに違いないが、和服に身を包んでゆったりと時を過ごそうという心の余裕はなかった。

 

 

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