逢魔時堂

逢魔時(おうまがとき)は昼と夜が移り変わる時刻。人の目が宵闇の暗さに順応する前の状態にある時間帯のことを言うのだそうだ。闇に慣れると人の目は宵闇の暗さに慣れ、暗闇の中でも物の形が区別できるようになる。それは、人の心の闇もまた。

ひいふうみい2

 ドアがコツコツとノックされ、ボスがうっそりと入ってきた。


「ほれ、わしが言うた通りじゃろ。この娘たちには、この手の話は不要じゃ。下手をすれば、そんなんじゃったら養子縁組の話は無かったことに――と言い出しかねん」


 それはまさに図星だった。私はこの問題をなしにして、ボスの子どもになるにはどういう方法があるのだろう、と『0』が並ぶ数字を見ながら考えていたし、両隣のひなことふたばも同様であったと思われる。


 そんな恐ろしいことまでもれなく着いてくるのなら、今のままでも充分ではないか。毎月いただく給料にしても、ここ逢摩堂で居住している分にはほとんど出費もなく、事実それらは大方貯金に回っている。


 これではあまりにも申し訳ないので、食費は三人で出し合い、そのかわりと言ってはなんだが私たちの出せる範囲の食事内容で我慢してもらうことにしているし、食客たちもなんだかんだと差し入れを持ってきてくれるしで、日々の明け暮れは平和に営まれていたのだ。これ以上なにも望むものはない。


「じゃあ、な。なにもかもこの親父に任せてくれるかの?」


 その言葉に三人は揃って頷いた。


「よしよし、わかったわかった。さてさて、今日の昼飯はなんじゃろ?」


「親子丼です!」


 とふたばが笑った。


「三つ葉をたーっぷり散らしましょうね」


 ひなこが続く。


「あ、やまんばばあさまから美味しい沢庵をいただきましたよ! それと、お味噌汁は赤だしです」


 そう私も続いた。京念が手を叩いて喜んだ。最所は「おかわりしても大丈夫ですか?」と早速ねだったし、ボスは「わしゃ大盛りでな」と念を押すのを忘れなかった。


 今日も朝一番で見回りに現れたるり子姉さんが「おやつは何がいいか?」と聞いていったし、裏庭越しにマスターが「美味しいピクルスができたから後で届けるよ」と笑っていた。私たちは申し分なく幸せな気持ちで厨房へと向かった。


 南向きの窓からは暖かな冬の日差しが入ってくる。今や生活感をたっぷりと備えたそこは、電化製品も増え、いつも美味しそうな匂いに満たされていた。


 明日は冬至。かぼちゃを甘く煮付けなくては。ボスの大好物なのである。これは煮物名人のふたばに任せよう。柚子風呂も作らなければ。そしてボスが風呂を上がった後に、ゆっくりと足をマッサージしてあげよう。


 ひなこは薬局のぬりかべおじさんから教わったという、裏山に自生する笹の葉で作る湿布薬をボスに試してみたいと言っていた。


 人は奇妙な所帯だと訝るかもしれない。現に勘繰る人や雑音も多い。しかし、言いたい人には言わせておけばいいのだ。


 それはその人たちの問題であって、当の本人たちは何一つ関わりがない。関わりがないことに煩わされることもない。こういった想いがすっくと育っていったのは、二年にわたるボスの心の教育だった。


 少なくとも私たちは物の価値判断については、ほんの少し尺度が深くなったようだった。他人様は他人様。各々の思いを否定する気もない。心の中には必ず闇があるものだ。


 そしてそれを否定する権利を誰が持っているというのか。


 闇を全力で否定するより、その闇に気付けてこそ人は心を育てることができるのではないか。人の心の正解、不正解は始めから存在しないのだ。


 以前、ボスが持ち込まれたガラクタをすべて受け入れていたのが段々とわかってきたような気がする私たちだった。それはそれとして、全力で目利きの力量も磨いたけれども。


 そして想い出収集の方も、力の及ぶ限り、その想いを受け入れられる心磨きの努力をしなければ、と改めて誓う私たちだった。

 

 

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