ひいふうみい5
「さてさて、どう思う?」
ボスは私たちを見る。私たちも答えが出ない。誠に申し分のない縁組なのだ。学生時代にラグビー部でも活躍していたという青年は笑顔の爽やかな好男子でもある。
「うーん……」
ひなこが腕組みをする。
「みいこさん。みいこ姉さん、どう思います?」
「世間的に悪くない話ではある……よね」
そう言って私たちはもう一度爽やかラグビー男子の写真を見る。
「ていうか、ふたちゃんってどんなのが好みなのかなぁ」
そう呟くとひなこも、わからないですよねぇ、と相槌を打ち、ボスも頷いていた。
「映画の好みははっきりしとるがの」
「そうそう、任侠ものとファンタジー、特にハリーポッター!」
そう言って笑いだしたひなこが
「そういえばスネイプ先生みたいな人がいいなぁって言ってました」
と膝を叩く。
私たちはふたばの好みにのけぞり、ボスは
「マグルではあかんかの」
と手近にあったペンを一振りした。ありがたいことに何も起こらなかったが。
たしかに「逢魔時堂」の一員になるときは少し外れた神経の持ち主でないと無理かもな、という思いが脳裏に浮かんだのだけれども。
苦労が多かった今までのふたばにとっては、平凡で幸福な人生をこれからは過ごしてもらいたいと強く思う私たちなのだった。
「まあ、わしから一度話してみよう」
ボスはよっこらしょっと立ち上がり
「夕食、楽しみにしとるよ」
と咲良さんの部屋へ行ってしまい、残されたひなこと私はしばらく事務所で黙って座り込んでいた。もうすっかり部屋の中は暗い。
「……ずーっとこんなのがいいな」
ひなこがぽつりと呟いた。
「ボスがいて、みいこさんやふたちゃんがいて、小雪やへいちゃん、はあちゃんや沢山の猫さん――それから最所さんや京念さん、るり子姉さんや会長や副会長に通りのみんな。もちろん佐月さんとマスター。ずっとずっとこんなのがいいな」
「笑ったり泣いたりドキドキしたりハラハラしたり……こんな風に、今までみたいに。こんな風に」
「私、もうどこにも行きたくないな」
ひなこの語尾が震えていた。
「ひなちゃん……」
私は思わずひなこの肩を抱き寄せた。痛いほど気持ちがわかる。想いは一緒だった。
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ひいふうみい4
そんな折に例の吹き矢事件で道を外しかけ、心底手を焼き、手をこまねき心配していた一人息子を見事な形で更生させてから私たちに並々ならぬ感謝と尊敬の念を抱いている、例の馬井獣医師から「恐れながら……」とふたば宛に一件の縁談話が持ち込まれた。
あの事件以来、四季折々届け物を持参したり、ボスとの共通の趣味である碁やらで私たちとも親しい間柄となっている。
ちなみにやはり一連の事件の犯人であった息子はというと、今や勉学に励み、父の跡を継ぐべく頑張っているそうで
「目の色も姿勢も変わってくれました。皆さんにはなんとお礼を申し上げればいいものか……」
と今でも涙ぐみながら話す。
「いやいや、なになに」
その都度ボスは手を振ってさり気なく話題を変えてしまうのだが、たしかにあのやり方はちょっとやそっとでは忘れられないはずで、今や彼が心の底から生き物に対して畏敬の念を持つのは当然であっただろう。なにせ森羅万象の最高神からのお告げがあったのだから。動員したエキストラ、自主的に参加したらしい怪しの面々の数は半端ではなかった。
それはさておき縁談の内容はというと、馬井医師の先輩にあたる人の息子で、獣医師ではなく、人の医師なのだが子どもの頃からその人柄はよく知っており、信頼に値するし、また医師としての腕もなかなかのもので……と口下手な馬井医師としては熱心に語ったものだった。
ここに出入りしている内に、ふたばの明るさ、気遣い、そしてなにより正義感の強さと古風な考え方にすっかり惚れ込んだらしく、あの彼とならば――とすっかりストーリーが出来上がったらしい。
「ふむふむ、ご先祖さんはなにをしておいでじゃった?」
ボスが話を合わせる。
「これが実は代々農家――いわゆる大地主だったそうで」
「ほうほう」
当のふたばはあいにくお休み日で、久しぶりに映画を観に行くと出かけており、なんとはなしに私もひなこもじっくりと馬井医師の話に付き合うこととなった。
「まあ、こればかりは本人が決めることですからの」
「何卒何卒、逢摩先生からもお口添えをお願い致します。先方もぜひ一度お会い出来たら申しておりますので」
託されたという写真やら釣書やらをこちらへ押し付けて帰っていく後ろ姿を見送り、私たちは事務所に戻った。
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ひいふうみい3
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ひいふうみい2
ドアがコツコツとノックされ、ボスがうっそりと入ってきた。
「ほれ、わしが言うた通りじゃろ。この娘たちには、この手の話は不要じゃ。下手をすれば、そんなんじゃったら養子縁組の話は無かったことに――と言い出しかねん」
それはまさに図星だった。私はこの問題をなしにして、ボスの子どもになるにはどういう方法があるのだろう、と『0』が並ぶ数字を見ながら考えていたし、両隣のひなことふたばも同様であったと思われる。
そんな恐ろしいことまでもれなく着いてくるのなら、今のままでも充分ではないか。毎月いただく給料にしても、ここ逢摩堂で居住している分にはほとんど出費もなく、事実それらは大方貯金に回っている。
これではあまりにも申し訳ないので、食費は三人で出し合い、そのかわりと言ってはなんだが私たちの出せる範囲の食事内容で我慢してもらうことにしているし、食客たちもなんだかんだと差し入れを持ってきてくれるしで、日々の明け暮れは平和に営まれていたのだ。これ以上なにも望むものはない。
「じゃあ、な。なにもかもこの親父に任せてくれるかの?」
その言葉に三人は揃って頷いた。
「よしよし、わかったわかった。さてさて、今日の昼飯はなんじゃろ?」
「親子丼です!」
とふたばが笑った。
「三つ葉をたーっぷり散らしましょうね」
ひなこが続く。
「あ、やまんばばあさまから美味しい沢庵をいただきましたよ! それと、お味噌汁は赤だしです」
そう私も続いた。京念が手を叩いて喜んだ。最所は「おかわりしても大丈夫ですか?」と早速ねだったし、ボスは「わしゃ大盛りでな」と念を押すのを忘れなかった。
今日も朝一番で見回りに現れたるり子姉さんが「おやつは何がいいか?」と聞いていったし、裏庭越しにマスターが「美味しいピクルスができたから後で届けるよ」と笑っていた。私たちは申し分なく幸せな気持ちで厨房へと向かった。
南向きの窓からは暖かな冬の日差しが入ってくる。今や生活感をたっぷりと備えたそこは、電化製品も増え、いつも美味しそうな匂いに満たされていた。
明日は冬至。かぼちゃを甘く煮付けなくては。ボスの大好物なのである。これは煮物名人のふたばに任せよう。柚子風呂も作らなければ。そしてボスが風呂を上がった後に、ゆっくりと足をマッサージしてあげよう。
ひなこは薬局のぬりかべおじさんから教わったという、裏山に自生する笹の葉で作る湿布薬をボスに試してみたいと言っていた。
人は奇妙な所帯だと訝るかもしれない。現に勘繰る人や雑音も多い。しかし、言いたい人には言わせておけばいいのだ。
それはその人たちの問題であって、当の本人たちは何一つ関わりがない。関わりがないことに煩わされることもない。こういった想いがすっくと育っていったのは、二年にわたるボスの心の教育だった。
少なくとも私たちは物の価値判断については、ほんの少し尺度が深くなったようだった。他人様は他人様。各々の思いを否定する気もない。心の中には必ず闇があるものだ。
そしてそれを否定する権利を誰が持っているというのか。
闇を全力で否定するより、その闇に気付けてこそ人は心を育てることができるのではないか。人の心の正解、不正解は始めから存在しないのだ。
以前、ボスが持ち込まれたガラクタをすべて受け入れていたのが段々とわかってきたような気がする私たちだった。それはそれとして、全力で目利きの力量も磨いたけれども。
そして想い出収集の方も、力の及ぶ限り、その想いを受け入れられる心磨きの努力をしなければ、と改めて誓う私たちだった。
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ひいふうみい
さてさて、ボスと正式に親子になった私たちだったが、明け暮れに特別の変化があったかと言われると殆どなかった。
相変わらず「ボス」「ひなちゃん」「ふたちゃん」「みいこさん」とお互いを呼び合い、みんなでわいわいとごはんも食べ、そしてお互いの自由時間を拘束し合うこともなく。共同生活はボスが倒れたあと充分予行練習は積んでいるし、そもそも逢摩堂に三人揃って入ったときからずっと明け暮れを共にしてきたのだから、気心はとっくに知れている。
しかし問題がひとつあった。それはボスの財産のことである。例の宴会が終わってから二、三日して私たちは最所、京念と向き合い、その資産内容をじっくりと聞かされた。
歴代の当主に比べてお金への執着心がかなり薄いとはいうものの、示された内容は私たちが今まで生きてきた世界で培われた経済感覚では想像すら難しいものだった。
ひなこが言ったものである。
「商店街の大根が一週間で五十円も値上がりしたらぴんと来るんでしょうけど……」
ふたばも声を揃える。
「金庫の中のお金だって自分のものじゃないと思っているから『お金』の形をした物体であって、お金と思ってない――ぴんと来ないんですよね」
私だってそうだ。億単位の汚職とか言われても、別世界の別感覚で、ふーん、としか思えない。正直腹が立つという次元の問題ではないのだ。
こんな私たちなのだから、最所と京念はかなり粘り強く説明をしたのだけれど、その反応の薄さに途中でほとんど諦めの顔になっていた。
ふとふたばが呟いた。
「こんな形にならなかったら、これ、どうなっていくはずだったんですか?」
ひなこも私も
「そうです。私たちが養女にならなかったらボスの財産はどうなるはずだったんでしょうか?」
と続けた。
「うーん……それは、ですね」
京念が資料をアタッシェケースから取り出す。
「このような形になります。いくつかのシミュレーションを繰り返し、この形がベストであろうと逢摩氏もほぼ納得された内容です」
その言葉に間髪入れず、ほぼ同時に私たちは叫んだ。
「そうしてください! その形で進めてください!」
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夜咄12
「ったく、これだから年寄りは困ったもんじゃ」
最長老でもあるやまんばばあさまが声を張り上げた。
「三人を見てみい。どう返事をすればいいもんか困り果てとる。ちったぁデリヘルちゅうもん持っとらんのかのぉ。変わらんのぉ、お前さんは」
「ばあさん、それを言うならデリカシーじゃ」
目玉親父が話をさえぎる。
佐月さんが控えめに――お返事はゆっくり考えさせてあげましょう――と助け舟を出してくれた。
「すぐにお答えは出ないわよね」
そのとき私の隣で突っ立っていたふたばがいきなり号泣しだした。
「私、なりたい! 私ボスの娘になりたい! 私、ボスをお父さんって呼びたい!!」
魂の叫びのようにふたばは泣いた。
「でも私ダメです。ダメなんです。私、その資格ないんです」
崩れ落ちそうなふたばをひなこが支えている。最所が飛んできた。
「ふたちゃん」
ボスがふたばの頭を撫でながら小声で囁いた。
「お前さんの例の親父さんとはとっくに話はつけてあるよ。そのことを心配しとるんなら、何も気にせんでいいんじゃよ」
目を見張ってボスを見上げたふたばに、ボスはもう一度優しく言った。
「もう何も、何者にもお前さんの人生を邪魔されることはないんじゃよ」
ひなこも叫んだ。
「私も! 私もボスをお父さんって呼びたいです! ずっとお側にいたいです!」
二人の様子に大広間は全員もらい泣きだ。黒猫家の主人と女将さんも手放しで泣いている。ボスはすがりついて泣きじゃくるひなことふたばを優しく撫でながら私を申し訳なさそうに見た。
頼むよ、みいこさん、とその表情は語っている。そうだ、難しく考えることなどない。とっくに私たちは家族なのだ。ボスはとっくに私にとってお父さんだった。
「なんちゅーめでたい!!」
「ああ、もう、飲もう飲もう。何もかもこれで大一段落じゃ」
みんなが口々に叫ぶ。
この夜の宴は朝まで続いた。しかし、私がふと気付いたとき、例の三人の姿はすでになかった。
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夜咄11
「ええ!?」
この声は私たちから漏れたものだ。そうだったのか――しかし思い返してみると確かに初日の面接時に「なぜひなこ、ふたば、みいこなのか」と尋ねた私に「歴代そうなのだ」と答えがあった気がする。しかし以前のひなこ、ふたば、みいこはどこに消えたというのか。思わず私たちは顔を見合わせた。
「ありゃぁ、みんなダメだったわ」
やまんばばあさまがモゴモゴと言い出した。
「ちょっとわしらが脅したら尻尾巻いて逃げ出すおなごやら下心ばかりで色目使いよるおなごやら、心の良からぬ輩ばかりじゃった」
「ばあさん驚かせすぎじゃったわ」
「おめに言われとうない」
「なにより咲良さんが気に入らんかったんやろ」
雪女おばさんがしみじみと言った。
「さあさあ先生、もうその辺でよいじゃろ」
鬼太郎会長が場を引き締めにかかる。
「で、皆の衆。わしらはようやくこの三人様に出会えたということじゃ」
「本当にめでたいの、逢摩堂。いや、本当におめでとう逢摩さん」
ボスが立ち上がった。
「と、いうわけじゃ。皆さんこれでよかろうか」
大広間はいっぱいの拍手で包まれた。
「この三人じゃったら文句のつけようがないわい」
皆がそう言って頷いた。何だか正直言って未だによくわかっていない。しかし、この日私たちは正式にかの茶碗の持ち主となったようだった。
「そしてもう一つ皆さんに伝えたい事があるんじゃよ」
ボスは続けた。
「わしはここにおる三人を正式に養女として迎えるつもりじゃ」
「ええ!?」
私たちも思わず立ち上がる。
「いやいやすまん、あんたらには何も言わんと。しかしどうじゃろう。わしの娘は嫌かの。こんなじじいは気に入らんかの? ――いやいや、すぐ返事を、とは言わん。しかし考えてみてくれんか。だめかの?」
再び静まり返った大広間――全ての視線が私たちに注がれ、思わず目を瞑った。
この二年間の出来事が走馬燈のように脳裏をよぎる。色々なことがあった。本当に中身の濃い得難い日々、愛しい日々。今までの私は何をして生きていたのかと思うくらいに、ここ逢摩堂での日々は――生きている、生かされている――という実感があった。
しかし、こんなことが現実にあって良いものなのか。即答するには余りにも重い話でもある。
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