逢魔時堂

逢魔時(おうまがとき)は昼と夜が移り変わる時刻。人の目が宵闇の暗さに順応する前の状態にある時間帯のことを言うのだそうだ。闇に慣れると人の目は宵闇の暗さに慣れ、暗闇の中でも物の形が区別できるようになる。それは、人の心の闇もまた。

2018-01-01から1年間の記事一覧

ひいふうみい10

「私は! 私はこう見えて剣道二段です!」 最所が顔を真っ赤にして叫んだ。 「ほう、そうじゃったかい」 ボスはそう言いながら件の釣書をガサゴソと引っ張り出した。 「あ、惜しいの。ラグビー男は空手三段じゃ」 「私は、私はこう見えて一応弁護士です!」 …

ひいふうみい9

「他の皆さんは?」 「ああ、今ちょうどリビングでレッスン中なんですよ」 その答えに「じゃ、皆さんによろしく」とまた出ていこうとしたのだが、ドアの前にはるり子姉さんが立ちふさがっていて動こうとしない。 仕方なくデスクに座り、なぁーん、と擦り寄っ…

ひいふうみい8

しかし、ないことはない。むしろ大いに有り得ることだ。そしてそれが正しいのであれば、ここのところのふたばのイライラがなんとなくわからなくもない。なんだ、そういうことか。 ぷりぷりと怒りながら店先に去っていったふたばを見送り、 「ひなちゃん、気…

ひいふうみい7

それから一週間経ったが最所と京念は顔を出さない。 はじめのうちこそ体調が悪くて歩けないのじゃないだろうか、もしかしたら餓死寸前になっていないかと気を揉んだのだが、様子を見に行ってくれたるり子姉さんは 「放っておきなさい。ったく、なに考えてん…

ひいふうみい6

ここで、この場所で私たちは運命のように出会い、そして心の中の欠けていたものを見つけたのだ。 それは紛れもなく私たちが欲していたものであり、一生手に入らないものと半ば諦めていたものでもあった。 「ボスに――お父さんにそう言おうね。ふたちゃんもき…

ひいふうみい5

「さてさて、どう思う?」 ボスは私たちを見る。私たちも答えが出ない。誠に申し分のない縁組なのだ。学生時代にラグビー部でも活躍していたという青年は笑顔の爽やかな好男子でもある。 「うーん……」 ひなこが腕組みをする。 「みいこさん。みいこ姉さん、…

ひいふうみい4

そんな折に例の吹き矢事件で道を外しかけ、心底手を焼き、手をこまねき心配していた一人息子を見事な形で更生させてから私たちに並々ならぬ感謝と尊敬の念を抱いている、例の馬井獣医師から「恐れながら……」とふたば宛に一件の縁談話が持ち込まれた。 あの事…

ひいふうみい3

さて、しかし大きな変化がなかったわけではない。 それは私たち三人に次から次へと縁談話が持ち込まれてくることだった。全くどこで情報を仕入れてくるものか。お相手も年齢、職業、国籍が多岐に渡っており、始めのうちこそみいこさん、ひなこさん、ふたばさ…

ひいふうみい2

ドアがコツコツとノックされ、ボスがうっそりと入ってきた。 「ほれ、わしが言うた通りじゃろ。この娘たちには、この手の話は不要じゃ。下手をすれば、そんなんじゃったら養子縁組の話は無かったことに――と言い出しかねん」 それはまさに図星だった。私はこ…

ひいふうみい

さてさて、ボスと正式に親子になった私たちだったが、明け暮れに特別の変化があったかと言われると殆どなかった。 相変わらず「ボス」「ひなちゃん」「ふたちゃん」「みいこさん」とお互いを呼び合い、みんなでわいわいとごはんも食べ、そしてお互いの自由時…

夜咄12

「ったく、これだから年寄りは困ったもんじゃ」 最長老でもあるやまんばばあさまが声を張り上げた。 「三人を見てみい。どう返事をすればいいもんか困り果てとる。ちったぁデリヘルちゅうもん持っとらんのかのぉ。変わらんのぉ、お前さんは」 「ばあさん、そ…

夜咄11

「ええ!?」 この声は私たちから漏れたものだ。そうだったのか――しかし思い返してみると確かに初日の面接時に「なぜひなこ、ふたば、みいこなのか」と尋ねた私に「歴代そうなのだ」と答えがあった気がする。しかし以前のひなこ、ふたば、みいこはどこに消え…

夜咄10

佐月さんが「うっ……」と嗚咽した。マスターが肩を撫でている。座はしーんと静まり返っていた。 最所の声は続く。 「そしてその後の悲劇についても、ここで蒸し返す必要はないものと思われます。ここにおいでの皆様方は、一日たりともお忘れになってはおらず…