逢魔時堂

逢魔時(おうまがとき)は昼と夜が移り変わる時刻。人の目が宵闇の暗さに順応する前の状態にある時間帯のことを言うのだそうだ。闇に慣れると人の目は宵闇の暗さに慣れ、暗闇の中でも物の形が区別できるようになる。それは、人の心の闇もまた。

9.唐土の鳥.8

じっとその中身を見つめていたボスが目顔で最所と京念に頷く。最所はすぐ携帯を握りしめて店の方へ行き、京念は更科を椅子に座らせた。 そして私たちにいとも陽気に笑いかけた。 「お腹すきませんか? 何か食べるものってありませんか?」 私たちはすぐ厨房…

9.唐土の鳥.7

すなわちこの男の仲間の一人が、ヤバい何かが示されたメモが入っているという古ぼけた指輪を街外れの変な名前の骨董品屋に隠し、 その目印シールも貼り付けたのが「ココ」というわけである。 しかしそれらしい物は「ココ」の人々は誰も目にしてはいない。 「…

9.唐土の鳥.6

古ぼけた指輪をこの店のどこかに隠したというのは本当のことなのだと男は語りだした。 その指輪は宝石の部分がロケットのようになっていて、蓋を開けると小さな写真が収まるようになっているという。 しかしそこに収まっているのは写真ではなく、何かを記し…

9.唐土の鳥.5

五分後、男は事務所の床に座らされていた。 背後の大きな椅子にふんぞり返っているのはボスで、 そのまた背後には最所と京念が冷たい表情を浮かべて立っている。 ひなことふたばは男の真正面の長椅子に足を組んで座っているし、 私はデスクチェアにこれまた…

9.唐土の鳥.4

「エット……ワタシ、サガシテマス」 「エット…オバアサンノカタミ……」 うん、良かった。片言でも日本語はなんとか話せるようだ。 しかしこの話し方、変なリズムがあり、聞き取りにくいことおびただしい。 「オバアサン、ニホンノヒト。 ムカシ、コノミセニユ…

9.唐土の鳥.3

また逢摩堂の主人は自分はコスプレには参加しない、と意地を張っていたがひなことふたばがマフィアの親分風の古着を用意したところ、 すっかり気に入ったようで近頃は葉巻なんぞも咥えて私たちから「ボス!」と呼ばれて楽しんでいたし、 京念と最所も「でき…

9.唐土の鳥.2

鬼太郎会長が説明によると町内には通り猫が十三匹いて、各々がその実家の看板猫になっている。 その店をめぐって買い物をすると、各々その店の猫の「肉球スタンプ」を押してもらえる。 もちろん猫たちの肉球はあらかじめ機嫌のいい時に原型を押してもらって…

9.唐土の鳥.1

表初恋さくら通りコスプレ祭「百喜夜幸」は大当たりだった。 今後は市や県のバックアップもとり、年々その規模を大きくすると会長、副会長の鼻息も荒い。 このネーミングはひなこが甘酒に酔いながらこの字はどうだ?――と提案したその五分後には鬼太郎と目玉…

8.おおつごもりの客.7

ようやく酔いが醒めたらしいふたばは目の前で繰り広げられている妙ちくりんな世界に大喜びで、 写真やら動画の撮影に余念がなく、戻ってきたかと思うと 「わあ、来年は私たちも出ましょうよぉ」 と、かなり本気の声を出していた。 「会長、なんで声を掛けて…

8.おおつごもりの客.6

その後は気を取り直して私たちは一群となって『塀のむこう』へなだれ込み、刑部夫妻心尽くしのパーティーを心ゆくまで楽しんだ。 年明けのカウントダウン、そして新年はシャンパンの抜栓で祝い、 特別に用意してあったお子様用のシャンパンもどきのジュース…

8.おおつごもりの客.5

「すごい日になったわねぇ」 「もう、もう私たちの前途を祝福してるってことよぉ」 「しかも……あれでしょ? もしかしたらあれなんでしょ? この姉さんたち……」 「しっ! だめよ、それは言っちゃいけないのよ!」 「ねぇねぇ、いくらで売れるの、このネタ」 …

8.おおつごもりの客.4

さて、いよいよ大晦日。おおつごもりである。 お店の方は隅々まで綺麗に整えられてはいたが、もう一度私はとことん手を加えて磨き上げた。 年神様をお迎えする心の儀式のようなものだ。 同様にひなことふたばも以前と見違えるくらいきちんと整理整頓されてい…

8.おおつごもりの客.3

「今のお話ではお客様のお探しのお店がうちとは言い難いのですけれど……」 私はにこやかにお茶を勧めた。 「ただ、古物商の常として思い出のお品をその思い出とともにご購入させていただくということでは少し当たっているかもしれません。 ただ、その金額はこ…

8.おおつごもりの客.2

そんな折、カラン――というドアベルの音とともに普段は「なぁーんご」と可愛い声で愛想を振りまいてくれている猫たちがいつもと違う唸り声をあげているのに驚きながら私は慌てて店に出た。 店内をじろじろと見渡していたのは年齢の頃二十歳そこそこといったと…

8.おおつごもりの客.1

その客は暮れも押し迫った夕方に現れた。 師走中旬に改装オープンした逢摩堂の初日はド派手だった。 「表初恋さくら通り商栄会一同」の皆々様がシャッター通りの入り口からどん詰まりの逢摩堂までずらりとクラシカルな花輪を飾り立ており、 朝になって通りの…

7.表初恋さくら通り.6

どうも棈木氏は逢摩堂の主人を良く思っていないのは確かなようだった。 なんでも先代、先々代と金の力でかなり強気な商いをしてきたらしい。 「この通りにしたって……元々はお稲荷さんの裏参道としてそこそこ賑わっておったのに。 強引にあっちにアーケードを…

7.表初恋さくら通り.5

「やっぱり夢じゃなかったんです」 そう言うひなこの次の言葉は私たちをさらに驚かせた。 「私、来てます。昔、この通りに。この通りのこんな夜市に」 「おばあちゃんが連れて来てくれたんです。でも先日この通り歩いた時は、その時と全然違ってたから別の記…

7.表初恋さくら通り.4

猫はいささか不得意とは言うものの、この『塀のむこう』がすっかり気に入った二人は、裏木戸からではなくもう一つのルートも知りたがったので、 帰り道は以前こちらに初めてきたルートを使って帰ろうということになった。 この時間帯にあの寂しい道を通るの…

7.表初恋さくら通り.3

「一体どこの猫なんですか?」 恐る恐る頭を撫でようとした最所に情け容赦なく猫パンチを繰り出した平蔵を見て京念はまたガチガチに固まった。 思わず私も吹き出して、 「塀のむこうの猫さんとその兄弟の黒猫屋さんとこの猫さん。 さあ、あなたたちもそろそ…

7.表初恋さくら通り.2

それからはまた忙しくなった。 おおまかな配置を決め、あとは任せた好きにしなさい――と主人が出て行った後もどこに何を置くか私は店内を歩き回り、 第一倉庫と第二倉庫の中からこの道具類が喜んでくれるような品々を見つけることに没頭し、 時には咲良さんの…

7.表初恋さくら通り.1

近道をすればすぐそこにあるというのに、私たちは「また」の約束がなかなか果たせずにいた。 次の日からはひなことふたばが第一倉庫の整理を始めていたが、二人の報告によると床を覆っている商品のほとんどが、 どこかの景品やら贈答品やらの類いらしく、な…

6.昔、昔……5

「お部屋には、お入りになれなかったようです」 シンプルに答えるしかない。 このなんともややっこしい話には思い込みや余計な情報を入れるべきではない。 ありのままに、シンプルに。 「でも、あなた方は入れた……?」 これにもただ頷くしかない。 奥方は静…

6.昔、昔……4

「え? でもその跡って? それらしい建物って残ってないですよね?」 ふたばがそう質問したが、その理由は私も知っていた。 数十年前、この辺りに大きな土砂崩れがあったのだ。 なんでもこの辺り一帯の広大な土地を所有していた実業家が、より大規模な土地開…

6.昔、昔……3

奇妙な沈黙があった。 奥方は口に手を当て、マスターはクロスと磨いていたグラスを持ったまま私たちを凝視している。 二人はなぜか固まっていた。 「え? 私、何か……?」 ひなこは自分の一言が与えた衝撃に付いていけないようだった。 それは私も同様だった…

6.昔、昔……2

体を動かすとお腹が空く。こんな当たり前のことを改めて実感しながら、 私たちは各々持参したものをテーブルに広げ、ようやく朝からの出来事を話し合った。 不思議と思えることが多すぎるのだが、 不気味とは思えないのが共通の思いであり、むしろ二人は面白…

6.昔、昔…….1

主人が出て行ったあと、私たちはしばらく言葉もなく黙り込んでいた。 なんとなく、朝からの出来事をああだこうだと論ずる気分にはなれなかった。 それはあとの二人も同じだろう。 ここでの時間、いや、逢摩堂と関わってからの時間の流れが早く過ぎているのか…

5.塀のむこう.7

「さあさあ、あんたたちも一緒に食べよ。わし一人じゃ食いきれん」 昨夜のお礼やら、この引き戸棚の感想やら、偶然見つけたことにしたこの散歩道、 あるいは塀のむこうの話とか、座持ちの良さは抜群のひなことふたばが上手に盛り上げ、 また勧められたサンド…

5.塀のむこう.6

私たちが稲荷神社の後方にある道からこちらにたどり着いたのを聞いて二人は驚いたようだった。 てっきりレンガ塀に作られている裏木戸から現れたものと思っていたという。 ほらほらこちら、と案内されてみると、 なるほど、少し進んだところにあるレンガ塀の…

5.塀のむこう.5

「あ、食べてる食べてる! 可愛いねえ」 「もう少しあげようか」 などと三人で見守っていると、そのうちの一匹が笹薮の中に走りこみ、 それを合図のようにあとの二、三匹の猫もそれに続く。 そして最後に残った猫が私たちを見てにゃあご、と鳴く。 「なに? …

5.塀のむこう.4

ひなこが立ち止まったのは例のお稲荷さんの鳥居の前で、その鳥居から後方を覗き込んでいる。 若干息を弾ませた私だったが、 一〇〇メートルにも満たない距離だったのでまだ八歳と七歳について来ることができた。 「ここです、この後ろ。 このお稲荷さんの後…