逢魔時堂

逢魔時(おうまがとき)は昼と夜が移り変わる時刻。人の目が宵闇の暗さに順応する前の状態にある時間帯のことを言うのだそうだ。闇に慣れると人の目は宵闇の暗さに慣れ、暗闇の中でも物の形が区別できるようになる。それは、人の心の闇もまた。

ひいふうみい10

「私は! 私はこう見えて剣道二段です!」 最所が顔を真っ赤にして叫んだ。 「ほう、そうじゃったかい」 ボスはそう言いながら件の釣書をガサゴソと引っ張り出した。 「あ、惜しいの。ラグビー男は空手三段じゃ」 「私は、私はこう見えて一応弁護士です!」 …

ひいふうみい9

「他の皆さんは?」 「ああ、今ちょうどリビングでレッスン中なんですよ」 その答えに「じゃ、皆さんによろしく」とまた出ていこうとしたのだが、ドアの前にはるり子姉さんが立ちふさがっていて動こうとしない。 仕方なくデスクに座り、なぁーん、と擦り寄っ…

ひいふうみい8

しかし、ないことはない。むしろ大いに有り得ることだ。そしてそれが正しいのであれば、ここのところのふたばのイライラがなんとなくわからなくもない。なんだ、そういうことか。 ぷりぷりと怒りながら店先に去っていったふたばを見送り、 「ひなちゃん、気…

ひいふうみい7

それから一週間経ったが最所と京念は顔を出さない。 はじめのうちこそ体調が悪くて歩けないのじゃないだろうか、もしかしたら餓死寸前になっていないかと気を揉んだのだが、様子を見に行ってくれたるり子姉さんは 「放っておきなさい。ったく、なに考えてん…

ひいふうみい6

ここで、この場所で私たちは運命のように出会い、そして心の中の欠けていたものを見つけたのだ。 それは紛れもなく私たちが欲していたものであり、一生手に入らないものと半ば諦めていたものでもあった。 「ボスに――お父さんにそう言おうね。ふたちゃんもき…

ひいふうみい5

「さてさて、どう思う?」 ボスは私たちを見る。私たちも答えが出ない。誠に申し分のない縁組なのだ。学生時代にラグビー部でも活躍していたという青年は笑顔の爽やかな好男子でもある。 「うーん……」 ひなこが腕組みをする。 「みいこさん。みいこ姉さん、…

ひいふうみい4

そんな折に例の吹き矢事件で道を外しかけ、心底手を焼き、手をこまねき心配していた一人息子を見事な形で更生させてから私たちに並々ならぬ感謝と尊敬の念を抱いている、例の馬井獣医師から「恐れながら……」とふたば宛に一件の縁談話が持ち込まれた。 あの事…

ひいふうみい3

さて、しかし大きな変化がなかったわけではない。 それは私たち三人に次から次へと縁談話が持ち込まれてくることだった。全くどこで情報を仕入れてくるものか。お相手も年齢、職業、国籍が多岐に渡っており、始めのうちこそみいこさん、ひなこさん、ふたばさ…

ひいふうみい2

ドアがコツコツとノックされ、ボスがうっそりと入ってきた。 「ほれ、わしが言うた通りじゃろ。この娘たちには、この手の話は不要じゃ。下手をすれば、そんなんじゃったら養子縁組の話は無かったことに――と言い出しかねん」 それはまさに図星だった。私はこ…

ひいふうみい

さてさて、ボスと正式に親子になった私たちだったが、明け暮れに特別の変化があったかと言われると殆どなかった。 相変わらず「ボス」「ひなちゃん」「ふたちゃん」「みいこさん」とお互いを呼び合い、みんなでわいわいとごはんも食べ、そしてお互いの自由時…

夜咄12

「ったく、これだから年寄りは困ったもんじゃ」 最長老でもあるやまんばばあさまが声を張り上げた。 「三人を見てみい。どう返事をすればいいもんか困り果てとる。ちったぁデリヘルちゅうもん持っとらんのかのぉ。変わらんのぉ、お前さんは」 「ばあさん、そ…

夜咄11

「ええ!?」 この声は私たちから漏れたものだ。そうだったのか――しかし思い返してみると確かに初日の面接時に「なぜひなこ、ふたば、みいこなのか」と尋ねた私に「歴代そうなのだ」と答えがあった気がする。しかし以前のひなこ、ふたば、みいこはどこに消え…

夜咄10

佐月さんが「うっ……」と嗚咽した。マスターが肩を撫でている。座はしーんと静まり返っていた。 最所の声は続く。 「そしてその後の悲劇についても、ここで蒸し返す必要はないものと思われます。ここにおいでの皆様方は、一日たりともお忘れになってはおらず…

夜咄9

それからしばらくして 「おほん!」 と咳払いをしたのは鬼太郎会長である。 「ささ、静粛に静粛に……」 「さて、本日はお日柄も誠に目出度く、皆々様方におかれましては益々ご清栄の程、おん、おめでとうござりまする」「また、本日は賑々しくご来場を賜り、…

夜咄8

さて、続く会食は黒猫家を借り切り、襖を外して大広間で行われる。真っ白な割烹着を持参していた私たちがそれを持って、廊下を移動しようとすると先ほどの見知らぬ客たちが足音に気付いてか、急にわざとらしく咳払いをしてさっと三方に別れた。 なんとなく、…

夜咄7

歩き出した私たちを見て 「あらあら、もっと歩幅を小さく!」「ほれほれ、肩をいからせない!」 などと、ドアを出るまで大騒ぎだったが、黒猫家に到着する頃にはようやくなんとか歩き方も様になってきた。 「雪輪ですね。よくお似合いですよ」 京念が微笑ん…

夜咄6

そこに待っていたのは佐月さん、雪女おばさん、やまんばばあさまと、後は白いエプロンをした美容師さんが三人、そしてみんなにこにこと手招きをしている。 「え? なんですか?」 狐につままれた表情の私たちに 「さ、お支度お支度」 佐月さんは楽しげにそう…

夜咄5

その日は早朝から薄っすら雪模様となり、空気がぴんと張り詰めていたが昼頃にはすべての塵芥をも露払いされたかのような美しい青空が拡がった。 逢摩堂は『本日お休みしております』とドアに張り紙をしている。 「この季節、忙しいからせめて昼過ぎまで店を…

夜咄4

それもこれも、ほんの少しずつお互いにぽつりぽつりと語ったうちからわかったことで、ボスを始め、私たち全員がお互いにお互いのことを無理に聞き出そう、こじ開けようというような想いは微塵もなかった。 私たちは相変わらずみいこさん、ひなこちゃん、ふた…

夜咄3

逢摩堂は今や知る人ぞ知る有名店である。もちろん『逢魔時堂』としての都市伝説も大いにそのきっかけとなったのだが。確かな品揃え、丁寧な接客、そして自然に店内に溶け込んでいる愛くるしい猫たちと、これだけ材料が揃えば誰もが一度は覗いてみたいと考え…

夜咄2

「ほい、狐に化かされたかの?」 「ここはどこじゃ?」 こんこんと眠り続けること二昼夜。ぽかんの目を開けたボスに、私もひなこもふたばもどんなに安心したことだったろうか。 寝不足の、そしてすっぴんの三人を見て 「心配をかけたみたいじゃの。すまんす…

夜咄

気が付けばもうすぐ師走だ。 年齢とともに時の流れは早くなる。子供の頃は夏休みが終わると、冬休みなんて永遠に来ないんじゃないかと思われるくらいゆっくりしていたというのに。 ここに来てからは何だかとくに早いような気がするなぁ、と思わず独り言をこ…

お知らせ

いつもいつもご覧いただき、ありがとうございます。 ただいま仕事のスケジュールが立て込んでおり、執筆が滞ってしまっています。 もうしばらくしたら執筆再開しますので、今しばらくお待ち頂ますようお願いいたします。

12.白黒.7

るり子姉さんの「さりげない」聞き込みによると、ハセガワの誘拐犯は件のチワワおばさんの甥っ子のようだ。 恐らくは首輪こそ着けてはいたが楽しげに散歩している人懐っこい猫を撫でているうちに、病気で泣いてばかりいるお姉ちゃんに見せてやりたいという子…

12.白黒.6

各グループ各々、綿密な計画や役割などもあらかた決まり、 夜食のパスタを食べているときにるり子姉さんが現れた。 「差し入れよ」 そう言ってまだホカホカと温かく湯気を出すたい焼きをどかんとテーブルに載せた。 「パスタ、私の分も残ってる?」 「はぁー…

12.白黒.5

もう一方のハセガワの行方。こちらは京念、ひなこ、そして私の担当。 ひなこも情報を仕入れてきていた。実は近郊の小学校で飼育されていたウサギの耳に、 同じような矢が刺さっていたという事件がまた起こったということである。 こちらの方はほんの少し耳が…

12.白黒.4

「ったく……嫌な時代だわ」 「ほんとにねぇ」 「あ、そういえば表通りのね……」 二人の会話が値上げの激しい野菜の話に移ったのを機に、私はさり気なくその場から離れた。 子猫に刺さっていた吹き矢は私のバッグに入れてある。 そして今聞いたヤブのウマイ先生…

12.白黒.3

「失礼ですけど……」 私はその人に声を掛けた。 「その猫ちゃん、産まれたときからずっといるわけじゃないんですよね?」 突然会話に割り込んだ私に二人のおばさんはいささか驚いたようだったが、 何度か待合室で見かける顔でもあり笑顔で 「そうなのよ。その…

12.白黒.2

へなへなと椅子に座り込んだのは、 私たちはもちろん、残った京念とボスも同様だった。 「それにしても……子どものイタズラにしては質が悪い」 ボスが吐き出すように呟き、 「同感です。絶対に許さない」 と、いつも笑顔を絶やさないふたばが氷のように冷たい…

12.白黒.1

早咲きの水仙を摘みに庭に出ていたふたばが、 真一文字に口元を結んで事務所へ走って帰ってきてはタオルをかき集め、 私とひなこに 「柔らかなタオルをなるべくたくさん! ケガしてる猫を運びます!」 と一言告げるとまた飛び出していった。その後を最所と京…